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Q2

「──はぁ」  一向に好転しない現状に、溜め息ばかりが出る。  十一月十八日。午前五時、起床。  昨夜も日付を跨いで仕事をしていた為、寝不足気味。  ベッドからずるりと這い出て、ぼさほさの髪を掻き混ぜる。  憂鬱な気分で見上げた先にあるものを眺めて、また溜め息。 「……はぁ。準備するか」  立ち上がり、出社する為にまずは洗面所へ。  顔と歯を清め、冷蔵庫を覗いてまた。 「……」  ペットボトルだけを取り出し、閉める。  それからベッドが置いてある部屋に戻り、必要な資料を纏めてリュックサックの中に。  そうしてもう一度、見上げた。  学生時代に使っていた勉強机を上京すると共に持ってきたのだが。  その前の壁にはホワイトボードとコルクボードが半々に吊るされ、びっしりとメモや写真などが貼られている。 「……」  それらを眺めやり、明日真は家の鍵を握り、家を出ることにした。 asuma side:xxx  公共交通機関を利用して三十分。勤務地に着き、明日真は深呼吸をして職場へと向かった。  小さな四階建てのビル。様々な会社が名を連ねている中、明日真が勤務する会社は三階のフロアを貸し切っている。しかし、エレベーターはないので、薄暗い階段を使って三階まで向かわねばならない。  やがて、二階へ上がったところで、先に上っていた人物に追いついた。ちらりと見上げ、見知った人物の後ろ姿だと気付き。 「今藤(こんどう)さん」  声をかける。 「──おお……明日真か」  だが、彼は階段を上ることに必死なようで、ちらりとも目を向けてこない。しかし、いつものことなので明日真は気にしない。最近お腹が弛んできたと悩みを口にしていたから、体力の衰えも感じているのだろう。 「いいな。若いってのは」 「それ、口癖になってますよ」 「そりゃぁ、いかんな。そう言い始めたら年寄りの証だ」  明日真に呼応するように軽口を叩いているが、その隙間は厚い息に覆われ、なんともしんどそうである。  だが、いつでも年長者を立てるよう日々指導されているので、いくら遅く感じようとも今藤を追い抜く真似はしなかった。  一歩遅れて三階の地を踏み、明日真は小さく息を吐き出す。  コンクリート剥き出しの階段は暗かったが、三階フロアも同様に陰湿さを帯びている。一部の蛍光灯が切れ、点いている明かりも明滅を繰り返し、いつ暗闇に閉ざされることか。 「明日真、今日は事務所で待機な」 「はい」  普段と代わり映えしない命令を受けつつ、自分の椅子にリュックサックを下げ、腰を下ろす。  ふぅ、と息を吐き。  待機と命じられればやることも限られている為、リュックサックからいくつかの資料を取り出した。 「……」  それは、寝室にあったボードに貼られていたものと似ていて、他人の目から見れば汚いと評されるだろう筆跡が並んでいる。が、明日真自身には読めるのだから関係ない。これは個人的な調べ物の資料なのである。 「あ、明日真。原稿はできてるか?」 「あ、はい」 「チェックするからいつも通り送ってくれ」 「分かりました」  昨夜仕上げたデータを家から持ってきたパソコンで今藤へと送る。  その作業はものの数分で済み、明日真は再び自分の資料と向き直る。  しかし、違和感を抱いて視線をふと上げた。  今藤がこちらを覗き込むようにして見ていたのだ。 「どうしました?」 「いや……、それ」  明日真の手元を指差してくる。 「心配なのは分かるが……そんなに根を詰めたら体が保たないぞ。俺がなんとかしてやれたらいいんだが……」 「分かっています。でも……俺の自己満足なんです。待っているより、何かしてた方が……」 「そうか。……心配だよな」 「俺は信じてます」  明日真は言い、資料に眼差しを注ぐ。 「みんな、兄はもう死んでるって言う。でも信じてます。兄は、死んでない。どこかで、苦しんでるんです……きっと」  断言しきれないのは、兄とは数年、直接会っていないからである。兄のことは一方的に知っているだけで。  廿九日明日真は、言い繕うように口を開いた。 「助けを待ってるはずです。だから……俺は、兄を助けないと」 「……そう、だな」  それが彼の優しさなのだろう、静かに頷いてくれた。 「助言とは言って難だが、最近のお兄さんを知ってるわけじゃないんだろう? だからそうやって調べてる」 「……はい」  資料には、兄の身体的特徴や年齢、直近の写真と交友関係などがある。全て、兄の行方が分からなくなった時から明日真が調べたことだった。つまり、調べる以前は、兄のことを全く知らなかったのである。  仲が悪かったわけではない。だが、兄が上京をしたことをきっかけに、擦れ違った。なんとなく明日真は、置いていかれたと思ったのだ。  妬んでいたのでも、恨んでいたのでもない。ただ……寂しかったのだと、今なら正直に言える。  ──もう兄に会えないかもしれない。  そう思ってしまった瞬間から、尚更、その思いは強くなっている。  今藤は、そんな思いに気付いてくれているのだろうか。何かと気にかけ、些細な言葉で明日真を励ましてくれる。  しかし、兄が行方不明になったと知ってから一週間。なんの進展もない。 「そういう時は、相手を知らなくちゃならん。お兄さんの周囲環境、どこに住んでいたか、どんな人達と関係を結んでいたか」 「やってるつもりです。でも、有力な情報はない」 「本当か? 調べ漏らしてることはないか?」  今藤が資料にあるいくつもの名前を指先でなぞり示していく。 「行き詰まったら、ひとまずゼロにして調べ直すことも方法の一つだぞ」 「……」 「な?」 「ありがとう、ございます」 「俺も心配だからな」  今藤の助言は、明日真の気持ちを楽にしてくれるようだった。  進展がなく、もし、兄を救えなかったらと、幾日も考えていたからだ。 「だが、その為には、まずお前が元気にならなきゃな。どうせ朝、食べてないんだろう?」 「た、食べましたよ」 「どうせ、あの変なゼリーだろう?」 「変なって……」 「肉を食わなきゃ」 「朝から肉はちょっと……」 「なんだ、情けない」  と、そこへ他の社員が出社してきた。 「──おはようございます」 「ああ、おはよう。お前には今日張ってもらいたい場所があるんだ──」  今藤が離れていく。  明日真は、何度目か分からない溜め息を吐いた。  実家を出ていった兄しか知らない明日真が、現在に至るまでの兄を調べることは当然知らない兄を知るということだ。  実は、少し怖かった。自分の知らない兄を知るのが。  だからだろうか。躊躇っている部分があった。今藤が言っていたことは正しいのだ。兄を知る為には、兄が暮らしていた日々を知る努力をしなくてはいけない。 「……」  ここ数年、兄と一緒にいた人物が六人ほどいる。  彼らのことを調べるのが、怖かった。──自分が知らない兄を知っている彼らに、嫉妬してしまいそうだったから。  だが、今藤が言っていた通りだ。  兄を見つけたいなら、怖気付いている場合ではない。  周りが、兄はもう死んでいるのではないかと囁いている。その中で明日真だけは、兄が生きていると信じているのだ。兄を見つけることができるのは、自分だけなのだ、と。 「……よし」  明日真は気合を入れ、ずっと触れなかった資料を視界に、一人づつ調べていくことにした。  以下、明日真の筆跡によって書かれた文である。  ・××→明瀬 翼 8/1 160cm  人懐っこい、誰とでも仲良くなる。兄を慕っていた。  ※貼付された写真には、世界に祝福された愛らしい容姿の少年が写っている。  ・××→古城 草介 8/28 175cm  落ち着いている。グループのまとめ役。  ※貼付された写真には、よく似た男がそれぞれ写っている。  ・××→神上 千景 10/13 190cm  リーダー。体格がいい。学生時代は成績優秀。  ※貼付された写真には、黒の短髪で人の良さそうな笑顔を浮かべた男の上半身までが写っている。  ・××→黄川 歩人 11/11 177cm  感情を表に出す子供。兄と仲が良かった?  ※貼付された写真には、不機嫌そうな顔をした青年が写っている。  ・××→鈴木 馨 4/1 180cmには届かない  遊び人。兄とは反りがあってない?  ※貼付された写真には、こちらに向かって舌を出し、挑発するような派手な男が写っている。  ・××→蓮水 漣 7/12 178cm  幻想的な、人間離れした美しさ。友人は少ない。  ※貼付された写真には、無表情でじっとどこかを見る銀髪の男が写っている。  注)××の部分は、他の資料に隠れて見えない。  さて、この六人を調べようとした時、どういうことを調べるか戸惑った。彼らの何を調べれば、兄のことが分かるのか。 「……」  そんな手詰まりを支援するように。 「あ」  ぱちり、と唐突に蛍光灯が消えた。明日真の真上にある明かりが消え、一瞬、資料が見えなくなってしまった。  まるで、もう調べる必要がないとでも言うように。 「……っ」  最悪な展開を想像して、明日真は徐にボールペン手に取り、紙の端に意味のない円を描いた。 『明日真は頭を空っぽにしようとする時、必ずそれやるよね』 「!」  不意に蘇った声に、泣きそうになった。大丈夫だと自分を励ましながら、もう一人の自分がもう遅いのだと訴えかけてくる。  刹那、ぴりりりと機械音が鳴り響き、明日真の感情を霧散させた。 「おい、明日真、携帯の着信音は切っておけ」 「あ……す、すみません」  もしも今が重大な場面だったら……。謹慎を言い渡されかねない失態に、明日真は息を飲んだ。  そして、怖くなる。もしも、もしも──良からぬ報せだったら。 「……(もも)()くん?」  だが明日真の予想とは裏腹に、携帯端末の画面に表示されていたのは、登録して久しいある名前だった。  その人物が誰であるのかを認識した瞬間、明日真は地面を蹴るように立ち上がった。 「すみません! ちょっと電話してきますっ」 「おー、早く戻れよ」 「はい!」  今下ろしたばかりのリュックを背負い、明日真は薄暗い階段を駆け下りた。  * * * 「──明日真さーん!」  数メートル先にいる爽やかな青年が、明日真に向かって大きく手を振っている。彼こそが、電話してきた人物だった。 「ご、ごめん、待たせた?」 「いいえっ。こっちこそごめんなさい。お仕事中でしたよね?」 「うん。でも事情を話して午前中休みにしてもらった。だから大丈夫だよ。それより、電話で話してた相談したいことって……」 「ここで話すのも難ですし、どこかお店に入りませんか?」 「、え」 「できれば、密談したいんです。明日真さん、そういうところには詳しいでしょう?」  にっこり毒のない笑顔で言う青年に、明日真は呆気になられながらも次には苦笑した。どう足掻いても、彼の言葉を否定することができなかったからだ。 「うん……いいよ、分かった」 「じゃあ、早速案内お願いしますっ」  明日真と青年を暫し見つめた店員は特に何を言うわけでもなく、また明日真が何も言わなくとも、店内の一番奥に案内をしてくれた。 「あ、お姉さん待って。もう注文しちゃいます。明日真さんも、いいですか?」 「うん。女将、俺はいつもの定食で」  はい、と静かな声が返ってくる。  それに感動したらしい青年が人懐っこくおすすめを店員に聞いているのを眺め、明日真は呼ばれた理由を探った。  目の前の青年は、見るからに明るい人生を謳歌している。その人懐っこい笑顔とか、親しみやすい喋り方とか。  明日真とは違う。  髪だって茶色のような橙色のような、“トレンド”を取り入れているのだろうお洒落な色をして、美容院でセットしたかのように毛先が遊ばれていてふわふわだ。猫の毛のようだから、こういうのを猫っ毛というのかもしれない。容姿だって……紙の中から出てきたような完璧さで、笑うと優しさが滲み出、子供に好かれるだろうというのが最初の印象で分かる。服装だって、とにかく完璧だ。  そんなふうに脳裏で青年のことを冷静に分析し、少々世間渡上手な彼を羨ましく思っていると、 「明日真さん?」  美顔が眼前に飛び込んできた。 「わぁっ?!」 「ちょっと、人の顔見てそんな驚かないでくださいよー。ひどいじゃないですか」 「ご、ごめん。あんまり、綺麗な顔、見慣れてなくって……」 「え、そうなんですか? というか、口説いてます? それ」 「え……」 「綺麗な顔、なんて男の人に言われると照れちゃうなー」 「あ……あっ、ちがっ、く、口説いてなんか!」 「えぇ? オレのこと嫌いですかぁ?」 「なっ!? そ、そんなんじゃ……っ、お、大人を揶揄わない!」 「はは、すみません」  ──こうやって冗談を交えつつ、距離感を縮めてくるのが、この青年の特徴だった。 「が、学校はどう?」  話題をすり替えようと、明日真は慌てながらも当たり障りない話を口にする。 「学校っスか? 楽しいですよ、毎日。新しい発見で」  青年は大して気にした様子もなく普通に答えてくれる。 「友達もたくさん、いい人達に囲まれてます」 「あ、そう……それは、よかった」 「はは。ちょっと嫌なヤツですよね、この言い方」  青年は笑い、少しだけ表情を真剣なものにして、呟くように言う。 「少し、兄ちゃんが言ってたこと、分かるなって思ったんです。仲間に囲まれて、期待されて。自分はいい人でありたいけど、それが窮屈っていうか。たまに、もういいやって全部放り投げたくなっちゃうんですよね」  笑顔、というよりは苦笑を浮かべる。 「今頃になって兄ちゃんの気持ちを知ったような気になっても、もう遅いですよね」 「そんな、ことは……」  ──遅いのか、後から知ることは。 「というか、本当に明日真さんは密談にうってつけな場所知ってるんですね。ちょっと驚きました」 「まぁ……仕事柄ね」 「よかったです。ここなら、誰にも聞かれませんよね?」  青年は慎重にそう言って、不意に声量を落とした。 「オレ、明日真さんにしか相談できないんです」 「う、うん」 「もうオレだけじゃ、どうしたらいいか分からなくて。よくないものを、見つけてしまったみたいで……頼れるのは」 「うん、聞くよ。だからここにいる」 「……よかった」  心の底からそう思ったのだろう、ふっと息を吐いて安堵したような微笑みを見せる。  そして徐に、青年は鞄から一枚の写真を取り出し、明日真に見せてきた。 「これ、なんです」  そこに映し出されているものを見た瞬間、根に染み付いた仕事病が発症した。  だが、その異様さに思考が停止し、凝視してしまう。 「兄ちゃんが、持っていたみたいです。オレ、本当にどうしたらいいか……」 「……」 「明日真さんに、判断してもらおうって」 「…………」 「明日真さんなら、この写真をどうしますか?」 「……も、」  口の中が渇く。それでも何か言わないと、と明日真は無理に唾を飲み込み、 「百瀬、くん」  青年の名前を声にした。 「はい」 「お兄さんが、これを持ってた、っていう認識でいいの?」 「はい。兄ちゃんの、机の引き出しにこれが」 「他にこの写真の存在を知っている人は?」 「いません。たぶん……オレが見つけたんで。こんな写真、オレの家の誰かが発見したら、騒ぐと思います」 「そう、だよね……」  青年──百瀬の家柄を思い、明日真は彼の言い分に納得する。 「手に取って見てもいい?」 「どうぞ」  テーブルの上に置かれたそれに手を伸ばし、表面をじっくり見つめ、裏返す。  年月日と、星のような記号が手書きで書かれている。 「合成、なんかじゃないと思うんです」 「うん。これは作り物じゃない」 「じゃあ……」 「本物だよ」 「そう、ですか」  百瀬の気持ちが伝わってくるようだった。この写真が偽物だったら──祈るように、そう思わずにはいられないだろう。明日真でさえ、そう思うのだから。  が、写真を毎日のように見、身近でもあるのに、偽物かどうかを間違えるわけがない。 「どうしたら、いいですか? 見なかったことにした方が……」 「百瀬くん」 「はい」 「お兄さんのこと、教えてもらってもいい?」 「え……?」 「今、自分で、兄貴──廿九日京のことを調べてるんだ」 「あ。……そうですよね、京さんがいなくなって一週間でしたっけ。すみません、そんな大変な時に呼び出したりして」 「ううん、いいんだ。逆に俺に教えてくれてよかった」  ちょうどそこで、遠くから物音がした。がた、っという大袈裟にも感じる音に続いてちりんちりんという涼やかな音色。  それを聞いた明日真は人差し指を口の前で立てて、百瀬に喋らないでと伝える。彼は意を得たように頷いてくれた。  それから十数秒後、出入口である襖が開いて、席まで案内してくれた女性店員──みんなは女将と呼ぶ──が料理を持って現れた。 「お料理をお持ちしました」  目を伏せ、静かに口を動かす彼女は不用意に視線を合わせようとせず、淡々と料理をテーブルに並べていく。いつも通りだった。  しかし、百瀬はその妙な間のような沈黙した空気に居心地の悪さを感じたのか。先程のように店員と喋ることもなく、明るさもなくなっていた。 「それではごゆっくり」  そう言って去っていく女将。やがて、ちりんと鈴の音がし、完全な静寂が戻ってきた。 「もう喋っても大丈夫だよ」 「ぇ」  所謂、御座敷と呼ばれる個室に、百瀬の呆気に取られた一音だけが浸透していく。  明日真は説明した。 「店員さんが来る前に鈴の音がしたでしょ? それが、今から向かいます、の合図。そして去り際の鈴が、部屋の前から離れました、の合図」 「……ぇ……えっ」 「初めてだと驚くよね。でも、ここはそういう“密談”に向いてる場所だから。店員さんはみんな信用が置けるから大丈夫だよ。ここだけは、自分で見つけた場所なんだ」 「……あ、はは……すごいですね、明日真さん」 「ううん、俺なんてまだまだ。それより」  明日真は、女将が来る前に隠した写真を眼前に出し、そこに映る異様な光景を見つめる。  と、百瀬の不安そうな表情が戻ってきた。 「百瀬くんのお兄さんのこと、教えてくれる? なんでかは知らないけど、この写真は俺の兄貴を見つける上でも大切なことなんじゃないかって思うんだ」 「これが、ですか?」 「うん」 「じゃあ、京さんは──」 「分からない。分からないけど、知るきっかけになる。たとえ知りたくないことでも、俺は、廿九日京の弟として、知るべきなんだ」  上京してからの兄を知る、いいきっかけ。 「オレも」  百瀬が言う。 「オレも、知りたいです」 「百瀬くん……」 「何か、家族でも知らないことがあるんですよね……。知りたいって思います。それが、見つけたオレの役目だと思うんで」 「……うん、分かった」  ──本音は、誰かがそばにいてくれたらと思ったからだ。やはり、一人で知るのは怖い。知らないことを知るっていうのは、ある程度の危険を伴っているのだ。知ってしまったら、知らなかった自分にはどうやっても戻れないのだから。  明日真はリュックサックから、例の資料を取り出した。兄を探す為の、知らない兄を探す為の──。 「俺、兄貴はまだ死んでないと思ってる」 「……みんな、もう死んでるって言ってるのを聞きます」 「そう、みんな死んでるって思ってる」 「……」 「でも俺は生きてるって信じてる。これを見て確信した」 「……どういう、ところで?」 「兄貴は、一度大切だと思った人を見捨てるようなことはしない人なんだ。いつでも優しくて、馬鹿なことも()()って見ててくれる人なんだよ。そんな人が、誰かに恨まれるとかない。絶対だ」 「……」  百瀬は、理解していないようだった。  だが、当たり前だ。彼は兄に会ったことがない──直接。 「それで、兄貴がどういう生活をしていたのか知る為に、俺はこの六人を調べようとしてた」  百瀬がごくりと息を飲んだようだった。 「……サンセプ……」 「うん」  ──suntrap( サントラップ) septet(セプテット)  それが、廿九日京を加えた七人のユニット名。 「兄貴がどこにいるのか。知る為には、兄貴が属していたアイドルユニットがどんなものだったのか、メンバーがどういう人だったのかを知る必要があると思うんだ」 「……分かりました。オレも知ってることを、話します」  そうして、明日真は真相に迫っていく。

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