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Q4

and side:rest:former daYs 『──君は、どうしてアイドルになろうと思ったの?』  きっかけは、友人からの誘いだった。 『アイドル?』  その単語は、千景にとって新鮮で、少々滑稽に思えた。  だが、友人は千景の思いなどに気付くことも見せず、アイドルオーディションを一緒に受けてくれ、と懇願してきたのである。  一度は断ったものの、その友人の押しがあまりにも強く、必死に頼み込んでくるので、普段からなにかと人助けをすることが多い千景は、とうとう承諾するしかなかった。  未知なるアイドルオーディション。  千景はアイドルに詳しいわけでも、なりたいわけでもない。将来は医者か弁護士か、そういうお堅い職業に就いて困っている人を助ける──そう産まれた時から決まっているのだから、友人の言葉通り、オーディションには軽い気持ちもない、友人についていき、彼の結果次第では祝ったり慰めたりしようと付き添いの気持ちでいっぱいだった。  そうしてよく理解もせず挑んだ。  詳しく話を聞けば、このオーディションで合格しても、即デビューとは至らないらしく、事務所所属の練習生として、デビューする為のレッスンに追われる毎日を送るとのことだった。  そこまで説明してくれなかった友人を恨みつつ、名前を言い、特技を見せ、踊りに歌、と千景が今まで体験したことのない実技を審査員に見せる羽目になり。  一週間後、千景の元に届いたのは、なんと合格通知であった。  信じられなかった。何度、確認の為に文面に目を通したことだろう。合格、という文字。  そして、友人は不合格だったことを知った。  理不尽だと思った。本気で目指している友人が合格せず、何も知らないで受けた千景の方が合格した……。  怖くなった。友人がもう友人でなくなってしまうような気がして。  けれど。 『俺の分まで、って言うとプレッシャーかもしれないけど、千景は運がいい。ついでに顔もいいんだ。アイドル、本気で目指して見せろ! そしてデビューしたお前が言うんだ、アイドルになったきっかけは、この(さとる)様がオーディションに誘ってくれたからだと! お前のファンに、ありがとう悟様、貴方がいなかったらアイドルの千景は生まれてなかったわ! ってちやほやされるんだぜ?! 楽しみだなー』  友人は、千景を嫌わなかった。笑顔でそう言って、応援すると約束してくれた。  だが、本当に友人の胸の内はそんな穏やかなものだったのだろうか。  考えるのも恐ろしいが、彼は、千景が練習生としてレッスンを受けるようになっても、何も変わらなかった。  * * * 『君は、どうしてアイドルになったの?』  何回目のレッスンだったか。初めは笑顔に溢れ楽しそうにしていたレッスンも、回を重ねるごとに本格的なものになり、講師の熱も高まっていった。  すると、あれほど活気に満ちていた練習室はどことなくどんよりとした空気で、練習生の表情も曇っていく。  気付けば、半分の人数まで減り、千景に自ずとアイドルになる難しさを実感させていた。  そんな中、貴重な十分休み、千景に声をかけてきた人物がいた。  上下黒のジャージ。黒い髪がさらさらなのは、彼の踊りを見れば分かることだった。それぐらい、彼はダンスが上手かった。いつだって彼は千景の前にいて、練習生を率いているわけではないが、中心だった。喋らなくても、踊りや存在感で、彼のような人物がアイドルになり、はたまたセンターというものになるのだろうと自然と思わせる男であった。 『え、っと……』  千景は困惑する。 『?』  男は、この部屋にいる誰よりも整った顔を斜めにする。  会って数日、一緒にレッスンして数日、喋ったのは数秒。最初に簡単な自己紹介をしたはずで、それぞれ着ている服には分かりやすいよう名前が書かれたゼッケンが貼られているのだが……。 『ごめん、君の名前……』  男の胸にある名前が千景には読めなかった。 『あぁ』  納得した、というような相槌。 『ひずめだよ、廿九日』 『そ、そう、廿九日君。ごめんね、まだみんなの名前覚えていなくて』 『いいよ。名前覚えるよりダンス覚えた方がいい』 『あ……うん』  冷たい言い方をするのだなと思った。見た目通りだ、とも。 『で、僕の質問には答えてくれないの?神上くん』 『っえ』 驚いてしまう。彼は、自分の名前覚えていたのか……──そう考えて、自分自身に呆れた。千景の胸元にも、みんなと等しくゼッケンがあるのだ。 『質問……どうしてアイドルになりたいか、だっけ』 『うん』 『えーっと』  返答に困るのは当然である。千景は友人の付き添いでオーディションに参加し、アイドルを目指したいわけでもないのに毎日レッスンをしているのだから。 ──お前は何の為にここにいる?  自問自答し、千景はふと、言ってしまった。 『友達が、』  合格したとの知らせを受けてから、ずっと抱えていた思いを。 『アイドルになりたかったんだ。同じオーディション受けてて、俺は、ただの付き添いだった。けれど、合格したのは俺で……。頑張れって言われたよ。応援するって。でも……俺は、本当にこのままでいいのか分からない。分からないまま、君とこうして並んでる。ああ、もちろん、君の方が何倍もダンスが上手いし、同じだって言うわけじゃないけど、』 『楽しくないの?』 『っ……、』  廿九日は表情を変えずに問いを重ねてくる。  言うことを躊躇うことばかりだ。 『……楽しいと、思ってる』 『……』 『今まで勉強ばかりしてきて、こんなことがあるなんて想像もしてなかった。体を動かすのが楽しい、歌はちょっと苦手だけど、みんなの動きが揃うと凄く胸がすっきりして、興奮する』  その瞬間、ようやく廿九日の表情が変わった。 『だよね、僕も楽しい』 『でも』  彼の笑った顔は想像通り、魅了的だった。  しかし、千景は後ろめたさでいっぱいで。 『友達に、悪いと……思うんだ』  瞬く間に彼のその表情をなかったことにしてしまった。 『だって俺は最初興味もなかった、やる気もなくて、本当に付き添ってるつもりだった。なのに、友達を差し抜いて合格して、楽しいからっていう理由でここにいることがいけないような気がして。本気で目指してたあいつに申し訳ないって──』 『罪悪感を持ってる方が酷いと思う』 『!』 『合格したのは神上くんでしょ。それにアイドルを目指すやる気もある。ここにいたいと思ってる。それだけでいいでしょ? それだけで、ここにいる理由になる。友達に罪悪感があるからって投げ出すのは、それこそ友達を侮辱してる。やりたいならここにいればいい。そして僕と同じユニットでデビューするんだ』 『ひ、ずめ君……君はもうそこまで……』 『だってここはそういう場でしょ? それに、君はこの中で一番背が高い。インパクトがある。声も低いし、一人はいてほしい逸材だ。だから僕に君が必要なんだよ。こんなところでいなくならないでほしい』 『……は』 『じゃ』  言うことだけを言って離れていってしまう。 『え……な、なに……?』  廿九日が一体どんなことを言ったのか、理解というより飲み込めなかった。  自分は今、必要だと言われたのか? 廿九日に? 今まで喋ったこともなく、なんなら目だって一度も合ったことがないように思うのに……。  その時、千景の胸に、覚えのない温かさが生まれた。これは何と表せばいいのだろうか。  友人への罪悪感が消えたわけでない。だが、廿九日に打ち明けたことによって、詰まっていた胸の内は、明らかにすっきりしていた。  ──罪悪感を抱くことは友人への侮辱だ。  はっきり言われて、千景は覚悟を決めた。 『廿九日君』  去って行く背中を追いかけ、 『俺も、君と一緒にデビューしたいと思うよ』  彼をまた笑顔にさせる言葉を告げた。  * * * 「千景?」 「え……」 「なに、ぼーっとしてるの?」 「あ……いや」  千景の視界に、美しい男が割り込んできた。 「昔のことを思い出してた」 「昔?」  京が首を傾げ、隣に座ってくる。 「うん。京と初めて喋った時のこと」 「ああ、千景が僕の名前を知らなかった時か」 「……」  ふと嬉しくなるのは、彼が覚えていてくれたからか。 「京には、責任取ってもらわないとな」 「責任? なんの?」 「俺を引き留めただろ?」 「……あー」 「あの時、お前が言ってくれた言葉のせいでここまで来たんだよ」 「……そうか。分かった、責任取る」 「ふはっ」 「どうして笑う?」 「いや。そういう京が俺は好きだよ。素直で、とんでもなく人誑し。天性のアイドル気質だな」 「……よく分からないけど」 「いいんだ」  ──アイドルになる。  産まれて初めて、自分で決めた道だった。  親はもちろん反対したけれど、京をはじめとした仲間に会って、彼らとアイドルの頂点を目指したいと思えたのだ。  故に、千景に影響を与えた京が責任を取るのは当たり前なのだ。 「千景も、ちゃんと最後まで責任取るんだよ」 「え?」 「千景しかラップをものにできなかったんだから」 「あー……はは、頑張るよ」 「──千景くん、いる?」  ふと、京と二人しかいなかった部屋の扉が開き、清潔感に富んだカーディガン姿の若い男と、続いて仲間達が入ってきた。  その面々を見て京が立ち上がったので、千景もそれ倣う。 「よかった、京くんもいたんだね」 「──京くん!探したんだよっ」 「翼。ごめん、千景と話してた」 「京はすぐどっか行くからな。草介、オマエちゃんと監督しとけよ」 「どうして私なんです? 馨がすればい、」 「あ、おれが、キョウを監視する。キョウとは、一番仲いいもん」 「歩人、貴方もすぐ何処かへ行ってしまうのに何言ってるんですか」  そんな仲間のやりとりに千景は苦笑する。  一年半。彼らと出会って、一年半。オーディションに合格し、練習生となってから丸二年。  ようやく、この時が来た。 「はいはい、みんな。今日、ここに集まってもらったのは決めてほしいことがあるからだよ」  全身から滲み出る優しさで、今まで支えてきてくれた若い男──[[rb:立花楓 > たちばなかえで]]がそう言う。  みんなの視線が一気に彼に集まった。 「まず、改めて言わなきゃね。……デビュー決定、おめでとう。君達ならここまで来れるって信じてたよ」  そう、この時。レッスンに明け暮れた日々が、報われる時が来たのだ。 「俺も、マネージャーとして誇らしい。これからも精一杯、みんなのサポートしていくからね。安心して、お客さんを楽しませて」 「あ……ボク、ちょっと泣きそう」 「はは、ダッセェ。……まぁ、来るものはあるけど」 「立花さん、これまでのサポートには感謝してもしきれません。これからもお願いします」 「うん。喜んでサポートしていくよ」  真面目な草介の言葉に同じく生真面目な答えを返した立花は、一人一人の目を見つめ、言った。 「それで話だけど、グループ名が決まりました」  厳かな声音。  デビューが決まってから、みんなが揃って気になっていることであった。 「だけど、それを発表する前に」 「タチバナさんっ、ずるいよ、もどかしい」 「ごめんね、歩人くん。けどこれも大事なことだよ。社長から、個人のアーティスト名は自分で決めるようにって指示があったんだ」 「アーティスト、」 「名前?」  馨と京の声が重なる。 「うん。自分で決めたものならなんでもいいって。本名でもいいし、関わりがなくてもいい。でも、できるなら、何か理由があるといいかな」  それから、それぞれの名前を決める為に、円になって床に座った。  千景の隣には真剣に考えているらしい草介と、マネージャーの立花が腰を下ろした。 「こういうのってパッと思いついたやつがいいのかな」  馨がいつになく思考を巡らせている、……いやこれでは彼が普段はよく考えてないと誤解されかねない。  自分も考えなくては、と千景は沈思する。  数秒、みんなが沈黙した。  その空気か、早くも思いつかないと見切りをつけたのか。歩人が口を開く。 「おれ、知ってる。こういうのって、その場にあるもので名前付けたりするって」 「誰が言ってたんです?」 「おれの好きなバンド」 「バンド? どんな名前ですか」 「カニトクラゲ」 「……なんです? それ」 「そのバンドは水族館にでも行ってたの?」  翼が首を傾げ、もぐもぐと口を動かす。 「翼、貴方はさっきから何食べてるんですか」 「え。グミだけど」 「そんな“見れば分かるでしょ”みたいに言われても困るんですが。食べないでと言いませんから、話してる時ぐらいは手を休めてください」 「えー、それって食べるなって言ってるじゃん」 「……翼、」 「あ」  思いついた、と言わんばかりに翼が、ぱぁと表情を明るくする。 「じゃあ、ボクは“ユズ”にする! いまここにあるもの、それはこのグミ! このグミは柚味っ。つまりボクはユズだ」 「馬鹿じゃないですか」  はぁ、と草介が溜め息を吐く。 「えーなんでよー。ね、京くんはどう? ユズ」 「うん、いいと思う」 「ほらー」 「京、貴方もそうなんでもかんでも頷けばいいというものではありませんよ?」 「翼がいいならいいと思う」 「へへっ京くん大好き!」  ぎゅうと抱きついて、ごろごろと猫のように甘える翼。  それを見る歩人が若干羨ましそうなのは、少し同情した。  京は人気者だ。仲間にも、ファンにも。  デビューするまで、レッスンの他に営業的なものもあって。それは認知度を高める為の必要なことなのだが、やはりデビュー決まっていない、ただの未来ある──あるかも怪しいか──練習生に注目してくれる人は少なく、ターゲットである女性の態度も一貫して冷たかった。  しかし、その厚く高い壁を登ることができたのは、京がいたからだと言える。  天性的な美貌と、落ち着いた話し方。分け隔てなく優しく、仲間思い。ダンスはもちろん、歌だってピカイチで。  六人が誇れるセンターだ。  京の存在がグループの認知度を高め、今日、ここに存在している。何もかも彼のお陰だ。無論、みんなで頑張ってきたからデビューできるのだが……。  千景も含め、六人は等しく、京のことが好きだろう。  故に、翼の懐きようは頷かざるを得ないし、歩人の羨望も思わず同情するぐらいには納得してしまうのである。 ──誰もが、京のそばにいたい。京を独り占めしたい。そう思っているだろうから。  千景は、口を開く。 「じゃあ、俺も決めた」  刹那、京の視線が千景を刺す。 『俺は、“アンド”にしようと思う」 「あん、ど?」 確かめるような口振りで、歩人が繰り返す。 「うん」 「それは、どういう意味なのですか?」 「俺は、このグループが自分にとって、安心できる居場所になればいいと思うんだ。もちろん、みんなにとっても。俺がいなきゃダメだって思ってもらえる自分自身になりたいから……って、ちょっとクサイかな」 「なるほど。“安堵”と英単語の“and”をかけたということですね」  おぉー、と感心したような声が各所から湧き上がった。 「素晴らしいです、千景くん。アンド。いい名前です!」  立花のお墨付きも貰えたらしい。 「あ……ありがとうございます!」 「じゃあ、オレ、ケイにするわ」  馨がどこか面倒臭そうに首を掻きながら言う。 「これまでずっとそう呼ばれてきたし、デビューするからって変えると呼ばれた時に反応できないかもだし、オレの場合」 「それは一理あるね。馨くんはそのままってことで──」 「字は?」 「あ?」  ずっと抱きついていた翼を退かしながら、京が馨を見る。 「ただのケイじゃつまんない」 「そう言ったってねぇ……反応できなきゃ意味ないでしょ?」 「うん。だから、字を変える」  手を貸してとも言わず、逆隣にいる馨の手のひらに指を這わせるている。 「ちょ、くすぐってぇよ、京」 「ほら。これなら、かっこいい」 「あ? ……」 「““イ”を小ちゃくするの?」  翼が二人の手元を覗き込み、途端に笑顔になる。 「いいかもっ」 「おい、適当に言ってないか? オレの名前なんだけど」 「ダメか?」 「……ダメじゃねぇよ」  近かったのだろう。京の頭を押すように距離を取りながら、馨は吐き捨てる。 「いいよ、ケィで。その方が格好いいんだろ」 「うん」 「はいはい、京の言う通りにするよ」 「うん」  満足そうな京と、そんな彼に呆れているような馨。  だが、ある程度一緒にいれば分かる。  馨は照れているだけだ。 「じゃあじゃあ、おれっ。次はおれっ」  興奮した歩人がぴしっと手を上げて注目を集めた。 「キョウ、どんな名前? って聞いて!」 「どんな名前?」 「コア! おれ、黄川歩人でしょ。略してコア」  その説明に草介が溜め息交じりに、いいんですか、と問う。 「大切な名前でしょう? 略すなんて」 「うん、いい! だって、千景みたいにいいの、あるんだ」  突然名前を呼ばれ、千景は少し驚いてしまう。……まだ、こうして親しく名前を呼ばれることに慣れていないのだ。 「あのね。……おれは、」  確かめるように、ゆっくり言葉を紡いでいく。 「みんなの、中心に、なりたいんだ。おれも、おれがいなきゃだめって思われたい。みんなに必要とされたい。これは間違いじゃないよ、昨日、授業で習った!」 「……“核”という意味ですか」 「そう! ソウスケ、いいこと言う! ねぇ、キョウ、どうかな? おれの名前!」 「うん、いいと思う」 微笑む。京が、美しく。 「ありがとう!」 「では、私もそろそろ言いましょうか」  草介が眼鏡の位置を直し、咳払いまでする。見た目は落ち着き、クールぶって、仲間の中では一歩引いて傍観している草介でも、こういう発表は気合いが入るようだ。 「私は、フール、にします」 「ふーる? 愚か者、という意味もあるよ、大丈夫?」 「いいんです」  立花の心配そうな表情に、草介は肯定した。 「立花さん、貴方なら分かってくれるかと。案外、個性的なメンバーが集まっているので、纏め役の私や千景はいつも大変な思いをしてるんですよ」 「!」  全員が、それぞれ反応を返す。 「それと、私は古川ですからね。本名をもじってるんですよ」 「いやそれ、オレ達をバカにしてるじゃん!」 「そんなわけないじゃないですか。古川だからフール、簡単な解釈でしょう?」 「じゃあなんで最初に苦労してるみたいなこと言うんだよ」 「お馬鹿ですね」 「はぁ?」 「ちょっと、二人とも喧嘩は──」  草介は立花の制止の言葉を遮った。 「私も含めて、愚か者なんですよ。ここにいる全員、愚か者です」 「な、」 「だって仲間なんですから」  沈黙。  千景は、まさかそんな言葉が草介の口から出てくるとは思ってもおらず、素直に驚いてしまった。先述したように、一緒にいてもどこか引いている草介だ。仲間とさえ思っているのかどうか、と思っていただけにその衝撃は凄まじい。  徐々に、草介の言わんとしていることを理解し、みんなの表情が明るく嬉しいものになっていく中。  ただ一人だけ、無表情を浮かべる男がいた。部屋に入ってきてから一度も声を発しなかった人物である。  その男、京とまた違う美しい美貌の持ち主である銀は、ぽつりと溢した。 「そんな良いこと、俺の後に言って欲しかった」  * * * 《──続いては一位の発表です!》  テレビのスピーカーから溌剌とした女性アナウンサーの声が聞こえてくる。 《これがデビューシングル、十一月十日に発売された、七人組ユニット、サントラップセプテットのシグナル! きらきらしたアイドルの先入観を排除したいということで、ダークな世界観が話題のアイドルユニットです。先行公開されたmvも百万回以上再生されるなど、若い女性を中心に人気を博しています! ……さぁ、ここで特別なゲストをお呼びしたいと思います。なんと急遽、この番組にお呼びすることになった、サントラップセプテットの皆さんです!》 「では、自己紹介お願いします」 「っあ、はい」  ──緊張する、しないわけがない。ずっと画面越しに見ていた美人アナウンサーが、目の前でこちらに笑いかけてきているのだから。  声が上擦りそうになるのをなんとか堪え、千景──アンドは左手に並ぶ仲間達と目を合わせた。いくよ、と合図し、何度も練習し合わせた挨拶をカメラに向けて。 「おはようございます、俺達は、」 「「サントラップセプテットです」」 「初めましての方も多いと思います、簡単に一人一人自己紹介させていただきます。アンドです。サンセプのリーダーをしています、よろしくお願いします」 「おはよーございますッ、コアです、よろしくお願いしますッ!」 「コアはガチガチに緊張してるね。みんな、おはようございます。ユズだよっ、ちょっとの時間だけど覚えてお仕事学校行ってね!」 「京です、よろしくお願いします」 「おはようございます。私はリーダーのアンドと協力してみんなを纏めています、フールです。よろしくお願いします」 「ギン。よろしく」 「オマエは相変わらず無口だな。ふ、ケィだよ。オレはギンと違って“ケィくん”って呼ばれたらすぐ手振り返すからね、しくよろ〜」 「……とまぁ、個性的なメンバーが集まってます」  若干、練習していた紹介内容と違うことを言うメンバーに戸惑いつつ、アンドはそう纏める。  と、意を汲んでくれた女性アナウンサーは笑顔で進行してくれた。 「とても素敵な方々だということが分かりますね。少し前に触れていただきましたが、皆さんはサントラップセプテット、というグループ名で、通称サンセプと呼ばれているとか」  アンドは頷く。 「はい。嬉しいことに、こうして略していただけるのはファンがいるからですね」 「グループ名に込められた思いは何かありますか?」 「それは……」  次の瞬間、隣にいたコアが元気よく挙手をした。 「はいはいはい! おれっ、おれが説明したい!」 「え。あ……はい、コアが説明したいようなので彼に説明してもらいます」 「やった、アンド、ありがと」 「いいよ」  本当なら、リーダーであるアンドが喋る担当であった。事前にその方が纏まると話し合ったからだ。  故に、コアの発言は予定にないことだと言える。  だが、誰も気にしなかった。  何故なら、生放送という場で他人を気にしている余裕などなく、また、アンドに至っては緊張する説明を肩代わりしてもらって一気に安心したからだ。  しかし、コアはこの場が楽しくて仕方ないのだろう。きらきらと瞳を子供のように輝かせてカメラに向かって笑っている。 「えっと、サントラップセプテット、っていうグループ名には、こんな意味があります! 直訳すると、色んな七重奏っていう意味なんですけど、もちろん、色んなおれ達を見てほしいけど。えと、太陽のサンと、罠のトラップ、って分けた意味合いがあって。太陽──つまりおれ達に目が眩んでると、気付いた時にはもうおれ達の罠に嵌ってるっていう意味ですっ」  コアがなんとか言い切る。  瞬間、アンドをはじめたとして仲間達はふっと笑ったのは、彼に向けた称賛だった。  それを知っているから、コアも堂々と胸を張っている。  女性アナウンサーが変わらずの笑顔で話を続けた。 「なんだかドキドキしてしまうようなグループ名ですね、そう説明を聞くと。でも分かるような気がします。一見、爽やかそうなグループ名ですが、コンセプトは私達人間に染み付いた“アイドル”という概念を壊すこと、なんですよね?」 「はい」  フールが答える。 「デビューシングルを聴いてもらうとよく分かると思うのですが、うちはキラキラ輝く爽やかな王子様キャラはいないと思っているんです。だからサウンドもそれなりに硬く重く……抽象的な表現になってしまいますが、気になった方は、私達の歌を聴いてください。お願いします」 「私も聴かせてもらったんですが、本当にカッコいい曲ですよね!」 「ありがとうございます、そう言っていただけると嬉しいです」 「皆さん歌声が一つになって、そこにアンドさん」 「え……っ?」 「唯一、ラップをものにできたという話を伺っていますが」 「あ……」  リーダーなのだから仕方ないが、またお鉢が回ってきたようで、少し動揺する。 「は、い」  だが、コアが完璧に話したのだ。ここで自分がミスをするわけにはいかない。  笑顔を浮かべ、女性アナウンサーの言葉を脳内で再生しながら率直な言葉を口にする。 「自分ではまだまだだと思うんですけど、みんなが褒めてくれるので、自信があります。頑張りました。もっと上手くならなきゃって思って、練習してる最中です。気になった方はぜひ、歌を聴いてください」 「あははっ、プレゼンが上手ですね〜。皆さん、今すぐサンセプ、で検索ですよ!」  笑いが生まれる。 「ですが。画面から離れる前に、サンセプの皆さんからお知らせです」  ──それが合図だった。  横一列に並んでいたのを、それぞれ決まった位置につき、イヤモニを耳へ。カメラは女性アナウンサーを映し、その隙にスタッフからマイクを受け取る。目線と会釈で感謝を伝え、カウントを聞く準備に入る。  大丈夫だ。みんないる。  デビューして初めてのステージ。知らない人も見るだろうニュース番組、しかも生放送ときた。緊張しないわけがない。 「さ、では聴いていただきましょう。俺達はここにいる、そんな強い意志を感じるような曲。サントラップセプテットで、シグナル」  出だしは、キュウ。一番人の意識が集まる場所だから、と歌唱力、表現力に富んだグループのセンターをぶつける。  カウント、三、ニ、一。キュウ()の呼吸音が聞こえた──。  * * *  テレビから印象的なメロディーと、歌声が聞こえる。 「……」  それを聞き、見つめる(とう)()は、自分の顔が醜くなるのを感じた。  真っ白な布の中、握った拳がギリギリと音を立てる。聞こえてくる音と不協和音を奏でる。 「──期待されてるな」  ふと、側にいた男が誰にいうでもなく呟く。だから冬矢はその言葉を無視した。だが、 「──期待? どうしてそう思うの?」  逆隣にいた男が反応をするから、話が掘り下げられ、冬矢の機嫌は著しく悪くなった。 「だって、見て分かんねぇ? 丁寧な紹介、丁寧な前振り。女性アナウンサーもやる気満々、こいつらを宣伝しようという意志を感じる」 「うん、それは……。あれ、冬矢? どうしたの?」 「うるさい」 「えっ」 「ははん、冬矢、お前、嫉妬してるんだろ?」 「だったら何。てか、テレビ消してよ」 「なんで。俺、好きだけどねぇ、こいつらの歌。ダンスとかまだまだだけど、その拙さがさ」 「……」 「そんな泣きそうな顔すんな」 「してない」  冬矢の視線を奪う、テレビの中のアイドル。彼らは、冬矢にはないもの持っているようで。 「秋、夏月、気分が悪い。もう一回、良くして」 「え、冬矢、今日は仕事だって──」 「仕方ねぇな。うちのお姫様は我が儘なんだから。──()(づき)」 「え……あ。うん、いいよ」  白い布が波立つ。  見る人はいないのに、消されることを忘れられたテレビは音を吐き出し、映像を映し続ける。  それを恨めしげに見る冬矢の目に、美しくも、雄々しい色香を朝から振り撒く男が画面を通して映り、忌々しくも、魅力に思ってしまうのは、彼が……──。 「ほんと、ムカつく」  * * *  楽屋。そう聞いただけで、朝はテンションが上がって、興奮していた。だが現在、生放送番組の出演を終えたアンド達は、楽屋に戻ってくるなり、揃って息を大きく吐き出した。 「あー……緊張した……」  ぐったりとパイプ椅子に全身を委ねるのはケィで、開放感からか、襟元のボタンを外し、大胆に胸元を曝している。 「……」 「……」  初めてのテレビ、そして生放送。思っていたより、体力と共に精神力も消耗していたらしい。  いつでも冷静沈着、レッスンも淡々、黙々と熟すフールも些か疲れを隠しきれないようで。  楽屋に入り、数秒、誰も喋らなかった。  リーダーとして、何かを言わなきゃ──そう思うのに、アンドも自分で自覚しているよりは、言葉を失っていた。  そんな中、口火を切った人物がいる。 「みんな、お疲れ様! 凄くカッコ良かったよ! ファンのみんなも喜んでくれたに違いない! だってファン第一号の僕がこんなにも喜んでるんだものっ」 「……」 「…………」  興奮を隠せないと、頬を赤らめる大人。自分達の一番の理解者。これまで支えてくれた立花の。 「っ……うう!」 「うわ、翼、オマエなに泣いてんだよ!」  ケィがギョッとする。  アンドも驚いた。 「だって……っ、立花さんが、変なこと言うから……っ」 「えッ、へ、変だったかな?! ご、ごめんね、僕は褒めたつもりなんだけど……」 「ちがう、違うんだよ……嬉しいの。立花さんがそう言うから、泣いちゃうの! 涙腺が刺激されてるんだよっ」 「あ……」 「あと、ケィ、ボクを翼って呼ぶなぁ…っ、今はユズだから! っうわあああん!」 「……悪ぃ」  バツの悪そうにケィが居住まいを正す。  涙腺を崩壊させたユズをキュウが受け止め、みんなの心に同じ感情が宿った。  ──嬉しい。泣きそうなぐらいの、嬉しさだ。  アンドも、ユズを抱き締めるキュウが額に唇を寄せて慰める姿を見て、鼻の奥がつんと痛むのを感じた。  立花の、穏やかな声が耳に入ってくる。 「みんな、まだまだここからだよ。みんなはもっとの喜び、嬉しさを感じる為に、今日、ここにいる。七人揃っているんだ。この前、自分達で決めた名前がもう嫌というぐらい体に染みつく時が来るんだよ。まだまだ、まだまだだ。君達が、サンセプがここにいるということを、これからも歌っていくんだよ」 「……うっ」 「コア?」  フールが言う。  見てみると、コアが瞳を大きくし、ぼとぼとと涙を溢れさせていた。 「おれ……おれ達、すごいよ……テレビに出て、歌ったんだよ」 「ちょっと……貴方まで感極まってるんですか。……やめてくれませんか、涙は伝染するんですよ」 「フールも泣けばいい!」  コアは叫び、顔をくしゃくしゃにする。 「うれしい」  震えた声が、アンドの心を揺さぶった。  それからしばらく、楽屋の中には温かい空気が満ち満ちたのである。

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