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3.事後、座敷、店長、バイク乗りの件

そのあとそそくさと後始末をして、何食わぬ顔でバイトのみんながいる座敷へ戻った。何人かに不思議な顔されたけど、「ちょっと友達と電話してて💦」と言えばそっかそっかと流されて、それでおしまい。 チラ、とミズキ先輩を盗み見る。 ついさっきまでおれとあんなことしてたのに、今はふつーの酔っぱらいの顔して店長の隣でギャハハって笑ってる。店長も結構酒を飲むクチらしい、おれがトイレへ立つ前より空きグラスが増えてて、何日か前から「俺結構酒強いよ」となんだか変に鼻につく大人マウント取られていたのを思い出し、先輩をはべらしてだべっている姿にちょっとムカッとしてしまう。先輩も店長の隣で楽しそうにしているし。バイト歴3年だという先輩はきっと、店長やバイトの仲間と築いたおれの知らない絆があるんだろう。 さっきまでおれとあんなことしてたのにって、同じ酒の席についていながら蚊帳の外にされている気がしてしまう。 料理もあらかたなくなったし、解散しようかということで、バイト連中20人ほどでわやわやしながら店の外へ出る。 23時過ぎの繁華街。空はくちをぽかんとあけたように真っ黒で、星一つ見えないかわりに飲食店やカラオケ屋のネオンライトがこれでもかとばかりに輝いている。それぞれが電車の時間が〜と言いながらぽつりぽつりと去っていくなか、おれはバイト連中の波をぬって先輩に声を掛ける。 「帰りどうするんですか?」 「んうー?」 お酒がしっかりまわって、なにも考えてなさそうなぽやぽやの顔でミズキ先輩はおれを振り返った。「んへへ、楽しかったねぇ」上機嫌なミズキ先輩は、いつもより赤くぽってりした唇を指でむにむにといじって、おれとの秘密を共有したちょっと悪い小悪魔みたいな顔で笑った。う、それえっちっぽいから反則です。 足下もおぼつかない、危機感バリ薄な状態でこんな時間に町にいたら絶対に攫われちゃうに違いないから、おれは妙な使命感を追ってしまう。 「おれバイクで来てるから、送っていきましょうか」 ちょっと鼻息荒くなっちゃった。下心なんてありません!って顔、できたかな。 「だいじょうぶらよぉ。カイセーこそはやく帰んな〜〜」 「でも…」 「あ、きたぁ」 バルルン、と低い唸り声を上げて、すぐそこに一台のバイクが停まる。あのエッジの効いたデザインとスポーツ感はたぶんスズキのツアラーだ。通学に使うからと親にねだって原付スクーターを買ってもらったおれとしては、いずれああいうデカめのバイクを乗り回して走りたい、モテたいっていう類の憧れのバイクだ。 「じゃ〜ぼくいくね。またねバイトでね、カイセー」 「えっ?」 店の前でたむろして残ったバイトの面々に「おやすみ〜」と声を掛けて、ミズキ先輩は道路に横付けされたバイクへ小走りに駆け寄っていく。黒の車体にシルバーのカスタムペイントを施したいかにもモテそうなバイクに乗ったフルフェイスメットの背の高い男は、慣れた仕草でミズキ先輩にメットを手渡し、先輩もまた慣れた様子でそれを被り、男の後ろへまたがる。 「え、え……」 ゴツい黒いバイクにまたがる男の腰に腕を絡め、ぴったりと体を擦り寄せるフルフェイスを被った先輩はもう"バイク乗りの連れ"というレッテルが貼られたも同然で。 身体を重ねたばかりの好きな人を目の前で掻っ攫われたおれは、夜の街へ消えていくふたりを唖然として見送るしかなかった。

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