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 それでも物怖じしないラシャドに黄金の瞳が細まる。鋭い牙を隠した獅子は、くつくつとくつろぐように喉を揺らした。 「よい。余の前で変わらぬ態度をとれる豪傑は、ラシャドかグレンだけだ。帝位についてからは余の機嫌を伺うものばかりで辟易する。多くの臣下が集まる正式な朝議殿ならまだしも、ここは余の執務殿だ、楽にせよ」 「ではお言葉に甘えて、失礼する」 「ラシャドっ」  ムイック隊長の怒鳴り声を無視してラシャドが立ち上がる。ごく自然に肩の力を抜いて、皇帝の顔を真正面に捉えた。所詮は孕み腹関係の、形式だけの処罰だ。たいして咎められはしないだろう。 「それで、陛下。用が終わったなら俺は帰りたいんだが。構わないか」  ラシャドにしては、丁寧な口調であるともいえる。ムイック隊長は、やっと諦めたのだろうか。もう何も言わず、不機嫌に顔をしかめて口をへの字に曲げた。様子を見ていた皇帝が面白そうに、張りのある声を紡いだ。 「せっかくここまで顔を出したのだ、余の政務も一区切りついたところ。久しぶりに話さぬか。外で軽く、手合わせでもよいぞ」 「お誘いは非常に嬉しいのですが……俺はこれで」 「先を急ぐか? どこへ行くのだ」 「それは」  直言された皇帝の誘いを断って、大の人間嫌いに向かい、せっせと孕み腹のところに通うと伝えて機嫌を損ねないか。なにせ、遠回しな物言いができない性分だ。ラシャドの一瞬の迷いを受け取って、静かに口元を緩めたのはグレンだった。 「陛下。ラシャドは、後宮に参りたいのでしょう」 「後宮だと?」 「はい。ツエルディング後宮の孕み腹です。最近ラシャドが通い詰めているのは、陛下もご存じのはず。その孕み腹が、順調に育っているようで」 「ふん、余よりも孕み腹ごときを優先するか。完成形のふたなり……ではないな。ソレは牛族が孕ませたと聞いた」  孕み腹がそんなにいいものかと、皇帝は不満も露わ。グレンがなだめ、咎める皇帝の声がまるくなる。想像したとおり嫌悪感をあびせられ、ラシャドは肩をすくめて皇帝を見た。

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