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「そこまで言うなら……そうだな。『お願いします、ラシャド様』ってねだってみな。可愛くだぞ。ついでにキスもしてみるか」
ラシャドの言う可愛くがわからないけれど、ラシャドの名を呼ぶのは初めてだ。思いもしなかった提案にルトは目を丸くした。ルトからこういった行為をした試しはない。だが初めてでもない。ためらったのは数秒だった。
開いた口をきゅっと結んで、恐るおそる、大きな体躯に手をついて背伸びをした。肉厚な唇の端に、薄い唇をちょこんと重ねる。ラシャドが息を詰めて固まったのを感じた。自分から言いだしたくせにどうして動かなくなるのだろう。
石像みたいに硬直したラシャドは、もしかしたら冗談で言ったのかもしれない。本心は、ルトをからかうのが目的だっただけで。口づけなどしなくても、お願いの言葉だけで良かったのかと思いなおす。
必死になりすぎて、生真面目に受けとってしまった。間抜けな気恥ずかしさに、体格差から乗り出した身をそっと遠ざける。ラシャドはまだ固まっている。そんなに打撃を受けたのか。
一瞬だけ触れ合った唇と、ラシャドの詰めた息をかすめた白い耳が、羞恥にじんわり火照っていくのを自覚した。赤く染まっただろう顔を上げて、ルトは結んだ唇をほどいた。
「お願い、します……、ら、ラシャド、さま……」
無意識にラシャドの夜着の端を掴んだ手が強くなり、せっかく遠ざけた身体にぐっと力が入る。また、ラシャドに接近した体勢になったかもしれない。
漆黒の瞳が見開き、間近に迫るルトを凝視した。ようやく身動きしたラシャドは、大きな片手で端正な顔を覆い、天井を仰ぐ。しばしの沈黙が流れた、どうやら呼吸を整えているようだ。だが分厚い手のひらで顔を覆っていては、よけい息苦しいだろうに。
毛並みの良い黒い尻尾がふぁさふぁさと揺れている。着崩れる逞しい胸板が激しく上下して、手の隙間からくぐもった低い声が聞こえた。
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