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第十三話 明かされる秘密

 厳かな魔法陣に守られてエミルは安らかに眠っていた。エミルが横たわる寝台を中心に、大きな円形の魔法陣が床に描かれている。先ほどまで、魔法陣の中に五人の魔術師がいた。  丸い線の上に、等間隔で四人が立ち、エミルの寝台の傍にひとり。そのひとりがエミルの子を取り上げた。 「エミル……」  朱華殿の寝室に続く客室から、エミルが眠る寝室に通されて半時間ほどがたった。ルトと入れ替わりで魔術師たちは立ち去ったが、魔術で意識を奪われたエミルはいまだ目を覚まさない。  膨らんでいたエミルの腹部はぺたんこだ。取り上げられた牛族の子は、奉祝の儀で皇帝の腕に抱かれてから父親に引き渡されるという。  すでに魔術師たちは赤子を皇帝に預けただろう。客室でルトを見張る魔術師も、儀が始まると外へ出ていった。宮殿の中庭には精鋭兵であるラシャドや従者、子の父親と、一般の獣人もたくさんいる。広い中庭に入りきらない人だかりだ。  朱華殿でラシャドがルトを魔術師に預けるとき、皇帝陛下の一団が見えた。そのなかには、ルトが忘れられなかった獣人のグレンもいた。  グレンは常に皇帝を気にかけていた。かいがいしく世話をする姿を見たら、胸のざわつきとともに悲しくなる。やはりグレンも獣人なのだと、改めて見せつけられた。  駄目だとわかっているのに、名を交わしてから何度も心に刻んだ姿だ。暗闇でははっきりわからなかった、綺麗な琥珀色の髪を陽光にさらす。皇帝を見る蜂蜜色の瞳を柔らかく細めていた。少し離れた場所からでも琥珀の豹は、なぜこんなにルトの視界にくっきりと浮かぶのか。  皇帝に寄り添うグレンは騒がしい周囲をあちこち気にしていた。だからきっと気のせいだ、一瞬だけ、ルトと目線が交わったと感じたのは。溜め息をついたルトの耳に皇帝らしき張りのある声音が届いた。 「……れ讃えよ我らが繁栄を。我が獣人たちは子孫を平等に授からんと――」  皇帝の声音に、たくさんの歓声が飛ぶ。歓喜に満ちた声援を聞きながら、ルトの心はどろどろと沈んでゆく。何が繁栄だ、何が子孫だ。所詮はルトたち人間を虐げた証だ。  出産を終えた孕み腹は、魔術師が数日管理して体調を整えるという。問題がなければツエルディング後宮に戻される。すなわちエミルの状態が良くなれば、また獣人たちに孕ませられる日々が訪れる。  エミルが無事だったのはルトを喜ばせたが、同時に失意ももたらした。

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