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うっすら涙の痕が残るエミルの頬をなぞり、脱力した細い片手をそっと包む。身体の苦痛は魔術で取り除かれた、しかし心の痛みまでは取り除けない。
たった二週間、されど二週間。顔も見ないまま子を取り上げられ、また後宮に戻されると知ったら。エミルはどれほど打ちのめされるか。
そろそろ起きる頃合いだと言っていたが、いまだに眠り続けている。現実への目覚めを拒絶するかのように。
エミルの心が少しでも安らげるよう。祈りながら、細い手を握る両手に力をこめる。エミルの指先が、微かに反応した気がした。もう少しかと絶え間なく癒しの力を駆使していれば、エミルを握る手を突然誰かに掴まれた。
力を注ぐことに集中していたから、近づく足音に気がつかなかった。強く掴まれた手首の痛みに、ルトは顔をしかめた。
「い……っ、なに……、誰、ですか?」
「お前」
怒気をはらんだ低い声を見上げる。そこには後宮で何度か見覚えがある、若草色の瞳を持つ魔術師がいた。エミルの出産にも立ち会っていた魔術師のひとりだ。ルトが小さく呻けば、魔術師は掴んだルトの手を勢いよく投げ捨てた。
「わ……っ」
「お前。やはり力があるな、今そこの少年に癒しの力を使っていた。お前の血に流れる魔術師の力が伝わってきたぞ」
シーデリウムでは誰も知らない秘密を言い当てられ、ルトは返答に詰まる。身を硬くしたルトを見下ろした魔術師は忌々しげに顔を歪めた。
「おかしいと思った。朱華殿の少年は、それほど生命力は強くない。今回の出産も五人がかりだ。本来ならふたなりが完成する過程で死んでいたはず。だが生き延びた。お前が、力を与えていたからか」
「え……」
ようやくわかったと吐き捨てた魔術師が、何を言っているのかわからなかった。ルトは呆然と魔術師を見上げる。
聞き間違いでなければ、今エミルは死ぬはずだったと言ったのか。ルトの癒しの力で生き延びたのだと、この魔術師はそう言ったのか。
「核種胎は、魔術師の力が組みこまれた核だ。魔術の力をもつものは影響を受けにくい。お前は朱華殿の少年に力を注いでいたな、それも一度や二度ではないはず」
魔術師の言葉にルトは小さく頷く。エミルと知り合ってから、ずっと癒しの力を使っていた。核種胎で身体を作り変えられる苦痛に、エミルが苦しんでいた夜も、ずっと。
「朱華殿の少年が生き延びたのは、お前の力の影響を受けたからだ。消えるはずだった少年の生命力を、お前の癒しの力が補っていた」
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