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「そ…、ん、な……」  では、今こうしてエミルが苦しんでいるのはルトのせいか。エミルは核種胎に耐えられずに命を落とすはずだった、そうすれば、あらゆる獣人に弄ばれることはなかった。  この小さな身に子を宿すことも、一方的に己を奪われることも、未来を悲観することもなかったのだ。純粋なまま、生身に与えられる苦痛を知らないままで済んだのだ。  楽しい過去の思い出だけを胸に抱いて、安らかに眠れたかもしれない。そしたら夢から目を覚ましたあとで、再び獣人たちに孕み腹として扱われる必要もなかった。永遠に続くだろう苦しみを、味わわずに済んだのに。 「お、俺……、そんなつもりじゃ」  そんなつもりではなかった。ただ、エミルの苦痛を取り除いてやれたらと、その一心だったのだ。それが逆効果になっていたなんて、考えもしなかった。 「お前がどんなつもりかは重要ではない。この少年はすでに完成形となった。ふたなりに完成した少年は、もとの身体には戻らない。一生ふたなりのままだ。あのまま死なせてやれば、よかったものを」  種が実り、一時的に偽子宮ができるルトたちならば、子を孕んでも出産すれば男の身体に戻る。再び孕みたいときに核種胎を使えばいい。だがエミルはそうではない。核種胎に作りかえられた身体は、もう核と切り離せない。  思いもしなかった真実を突きつけられて言葉を失くす。どんな顔で、これから目覚めるエミルと対面したらいい。ぐちゃぐちゃに、脳みそをかき混ぜられたように混乱した。生き地獄の諸悪の根源になった自分が、エミルの傍にいてはいけないと思った。 「待てっ、どこへ行く――っ」  手を伸ばしてきた細身の魔術師を渾身の力で振り切る。ルトは逃げるように、エミルの眠る寝室を飛び出した。  朱華殿の外は静けさが戻っていた。すでに奉祝の儀は終わっていた様子だ。先ほどの魔術師は、もしかしたらルトを呼びに現れたのかもしれない。  ラシャドに連れられ、一足早く朱華殿を訪れたとき、魔術師の指示に従えと強く念を押された。ラシャドがいないところで朱華殿から一歩でも出るなと言い聞かされた。  約束を破り駆けだしてしまったが、この足でエミルの傍に戻ろうとは思えなかった。孕み腹に与えられる宮殿とはいえ、やはり王宮の宮殿だ。中庭は広く、裏手を進めば開拓された深い裏山が見える。普段は行かない場所へルトはためらわずに踏みこんだ。

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