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「ひ、ぃ……っ」  グレンの背後で情けない悲鳴が上がる。めったに感情を荒ぶらせないグレンが、激昂を露わに肩口を睨みつけた。 「失せろッッ!」  憔悴した蛇を圧する、怒気に満ちた厳しい眼光が飛ぶ。決して味方ではない新たな敵意に、六人の獣人は互いを引きずりあって這う這うの体で逃げていった。  威力を残すラシャドの剣がなだめるように沈められる。重なる刃は静かに絡めとられ、グレンが大きく息を吐いた。蜂蜜色の瞳が、鬼神となったラシャドと真っ向から対峙する。 「皇族の姻戚を殺せば、どんな理由であれ厳罰は免れない。下手をしたらお前の首が飛ぶ。これくらいにしておくんだ」 「ちっ。クソが」  視線を逸らさぬグレンを見据え、ラシャドが吐き捨てる。殺さなくてもあれだけの怪我を負わせたのだ。なんらかの処罰は下るだろう。  しかも事に及んだ事情が、実は孕み腹なんぞとは、言い訳にもならない。ラシャドが無茶をしないよう見張っていたか。生死に関わるほどの、極刑を逃れるために。 「俺にはこれくらいしか、できない。ラシャド……ルトの、様子は」  詰まる息を吐いてグレンが焦燥感をにじませる。これほどグレンが、ラシャドの目の前で己の感情を発露させたことはない。剣を収めたラシャドは、わずかに下がる漆黒の双眸を細め旧友を見た。  真正面でかち合う、甘い瞳が動揺する。グレンのひたむきな心情に、特別な想いがこめられていると確信した。  今までどれほど騒がれようとも、色恋沙汰には無関心だった奴なのに。なぜよりにもよって孕み腹なのか。ルトでなければならないのか。 「あれは俺の孕み腹だと言っただろう。お前が気にする必要はない」 「ラシャド、ルトに会わせてくれないか。ルトに会って、様子を確かめたい。また泣いてないか心配なんだ。せめて顔だけでも」 「うるせぇ。会わすかよ。てめぇは陛下のお守りでもしてろ」  どうせ、グレンは皇帝から離れられない。幼い頃からそうだった。まだ皇太子にもなっていないのに、いつか必ず壮大な君主になると、未来の皇帝のあとを追いかけまわしていたのだから。  腕を伸ばして縋ってくる懇願を無視し、ラシャドはグレンの横を通り過ぎる。俯く優しい表情が苦渋を作ったのを尻目にして。去りゆくラシャドの背を、グレンの弱い呟きが追った。 「お前の処罰が、少しでも軽くなるよう、陛下に願い出るよ」  囁きには振り返らず、ラシャドはひとり前を進んだ。 ***  いつもと変わらず掃除をし、食事を作り、ラシャドを迎え入れる。何事もなかったかのように振る舞う。ラタミティオ塔から戻ってきたルトは、なんら変わりなく見えた。むろん、それが虚勢だとラシャドにはわかっている。 「ぁ……」

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