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第十九話 哀しき情

 ルトに仕込まれた新たな核種胎は、すでに吸収されただろう。昨日ツエルディング後宮に戻されたと聞いたが、都合がつかず出遅れた。  一日遅れで後宮に来たラシャドは、塵ちりひとつなく磨かれた広い回廊を、慣れた足取りで進んだ。大広間で警護する近衛兵がラシャドを見て敬礼してくる。すれ違いざまの礼を脇目に、天井まで届く重厚な扉をくぐった。  朝から晩まで抱かれる孕み腹が活動するには、まだ早い時間帯だ。泣きが入る、懇願めいた小さい喘ぎに目をやる。二組ほどが咬合音を響かせるが、さすがに貪られる孕み腹は少なかった。  ルトもきちんと寝かせてやりたいと思いつつ、それでも核種胎の定着度を確かめておきたい。  偽子宮が完成するには時間がかかる。わかってはいるが、腹に注ぐ精液の量や濃厚さや、獣性の強さによっても完成する期間は違ってくる。直接、自分の目と感覚で探るのがいちばん確かだ。  ルトを孕ませるのはラシャドだけでいい。それは不可能だと頭では理解できても、やはり思わずにいられない。 『はい』 「アメジストのルトを呼んでくれ」 『お待ちを……、アメジストが足環ですか。それはちょうど使用後でして、いまは湯浴みの最中かと。済んだらすぐ来させましょう』  後宮付きの魔術師の返答に、ラシャドは端正な眉にしわを寄せた。 「こんな時間にか?」 『ええ。昨夜、寝静まる頃にお召しがあり……先ほど戻ったようです』 「……それならいい。あと少し休ませてやれ。また来る」  ラシャドはそう言い残し大広間を立ち去った。その足で精鋭兵の宿舎に向かう。ひと休みしてから、軽く鍛錬して、もう一度来ればいい。  洗練された精鋭兵と、下っ端になる近衛兵の宿舎は王宮の片隅にある。地位と実力で兵舎がわかれ、精鋭兵隊長と副隊長の自室は、最上階とその下の階だ。いくつかある別棟でも最高級の宿舎である。一つの階すべてが与えられ、身分に見合う豪華さだった。  もちろん王宮外の帝都にはラシャドの邸宅もある。しかし近頃は夜遊びもしなくなり、もっぱら兵の宿舎に身を寄せていた。  ひとり気楽な空間は、ラシャドもそれなりに気に入っている……はずだが、ルトと過ごした紫苑殿に比べれば味気ないものだ。どうにも落ち着かず、ものの小一時間だけ休む。起き抜けに、敷地にある中庭で鍛錬にふけった。

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