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 人間を忌む皇帝が、孕み腹の現状を良くする気がないのは重々理解している。自国に住む獣人の民衆に慈悲をかけても、冷徹な心情も合わせ持つ帝王だ。  ならばルトを巻きこまないでやってほしい。しかし切実なグレンの要求を皇帝は跳ね返した。 「獣人殺しの罪はなくとも、あれは余に向かって愚王だと罵りおった。余の瞳は綺麗な飾りにすぎんとな。そのうえ、余が最も忌み嫌う人間どもと同罪だと言い切る始末だ。覚えとらんか。大広間でけだものと憎まれ口を叩いたのもあれだ。たかが孕み腹ごときが余を侮辱した、みすみす見逃すと思うか」 「それは……」  厳しい金の瞳にグレンは苦り切った。来国の日、皇帝に吐き捨てたのは確かにルトだ。けれど今さら罰を科す気は皇帝にはなかったはず。  だが、同族殺しの人間と同罪とは。夜な夜な虐殺される悪夢に囚われた皇帝にとって、その言葉は屈辱でしかない。  万が一になったとき、少しでも抑止力になればと思いルトに警告をした。だが見事に、皇帝の神経を逆なでしかしていない。 「ですが……陛下が召さなくとも、ルトは十分に過酷な運命にいます」 「あれは己の役目を理解しておらんな。閨芸妓のように種を仕込まれるのは、どんな刑罰よりも苦痛だと紫水の瞳が語っておったわ。すでに子を孕んだ腹で、こうも往生際が悪いとは。仮にも余の所有物だ、躾のできの悪さを、余が自ら正してやってもよかろう」  なおもかばおうとすれば、畳みかけるように皇帝が言葉を繋げる。鋭い双眸に責められ、グレンは一度口を閉じた。口出しは無意義と、狭まる瞳が告げてくる。  勅命ひとつで、命を奪える皇帝に目をつけられて、殺されないだけましかもしれない。けれどもし召され続けたら、ルトの状況に更なる追い打ちをかけてしまう。絶対に看過できない理由があった。 「獣性が高い陛下が召せば、ルトの中の核種胎が、強い性に反応して活性化してしまいます。そしたら、短期間で孕んでしまう」  獣人のために作られた核種胎は、強い力に反応しやすい。皇帝の獣性の高さは群を抜いている。強い獣性に引きずられ、核種胎は通常より早く実ってしまうだろう。すなわち偽子宮の形成が早いということ。  肉体を作りかえる負担を軽減するため、形成にはある程度の間隔を要する。しかしそれも皇帝の前では意味を成さない。

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