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「もちろん……、怖いです。俺は獣人が怖いです。力で圧力をかけ、情け容赦ない、人を人とも思わない。俺たちを欲のはけ口にする、この国の獣人が大嫌いです。でも……この姿は怖くないです」
じっと見つめてくる黄金の瞳に、ありのままの心をさらけ出す。偽りを騙ればあっさりと見抜かれて、細い喉に噛みつかれる。そんな幻像さえ抱かせた。
真摯な言葉を、獰猛な獣がどう受け取ったかはわからなかった。ルトを見据える黄金の瞳を緩慢に動かし、獣がひとつだけ瞬く。そして緩やかに姿を変えた。
人の数倍もある獣の輪郭が幾筋も重なって、仄かな光が包む。不明瞭になった姿は、しかしものの一呼吸ではっきりした。瞬きひとつの間で変幻した獣は、見慣れた獣人の姿になった。
「陛下」
皇帝陛下。静かに君臨した皇帝をルトは呆然と見つめた。獣の姿より、自分と同じ人になったほうが威圧を感じるなんておかしなもの。
だがルトは無意識に震えた両手を寝台についた。許可がないまま皇帝に触れるなんて処罰に値する。瞬時に先ほどの無礼に思い至った。
不思議なもので、恐怖がよみがえったとたん身体の痛みもぶり返してしまう。節々の疼きに小さく呻き、深々と頭を下げた。
「ご無礼を…、働きました……」
次に与えられる皇帝の言動に怯えたが、意外にも顔を上げろと促される。言われるがまま恐るおそる視界を上げた。
皇帝は不機嫌も露わで眉間に深いしわを刻む。どかりとあぐらをかき、しばし無言になった。思案気な素振りで軽くため息をつくと、ルトに美丈夫な顔を向けた。
「魔術師の子が、何ゆえ人間の子として生きる」
核心をつく問いに、口をつぐみ目を見張った。ルトの癒しの力は皇帝に届いていたか。獣人にとって人間は敵。けれど魔術師は共存者だ。
魔術の力を持ちながら、奴隷として連れられたルトを訝しんだのだろう。ルトは紫水の瞳を皇帝に移した。
「俺は捨て子です。シーデリウム帝国に来てから、親が魔術師だと教えられました。両親か片親かは、わかりませんが」
「混血だ」
「え?」
ルトの言い分に皇帝が迷いなく告げた。混血、とはどういう意味だ。困惑が顔に出ていたのか、皇帝が確信たる口調で言い直した。
「我らと共存する魔術師は、己の子を自らの手で育てる。隷従国に捨てられていたならば、そなたは魔術師と人間とのあいの子だ。どうやら魔術師が、人間との混血児をヌプンタに捨てるという噂は誠であったか」
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