264 / 367

22-(4)

「今すぐ奉職轄(ほうしょくかつ)に行く。俺は拝命された魔術師の情報をしらみつぶしに調べ上げる。いいか。お前は絶対に動くな。間違っても、菖蒲殿を襲うな」  グレンは瞳を光らせて、すぐ横のラシャドに釘を刺した。奉職轄には、王宮に勤めるすべての人材の細かい経歴がある。ラシャドは威圧をほんの少し緩め、グレンを刮目した。 「早く行け。今日中にできなかったら、俺が暴れるぞ」 「させるか」  皇帝が執務殿を訪れるまで、残り一時間と少し。それまでに目ぼしい魔術師を調べ上げる。説得はその後だ。ラシャドと別れたグレンは、風を切りながら、王宮の隅にある奉職轄に向かった。  獣型になればより早く移動できる。周りの目をかいくぐり走り去るグレンの足が、しなやかな獣と化した。勇猛に地を蹴って野を駆ける。自由に解き放たれた弓矢のごとく、琥珀の豹が飛翔した。  荒い息を整えて、瞬く間に着いた大きな宮殿を見上げる。横長く広がる屋根の端が反り返り、格式の高さを思わせた。見張りの獣人が左右に並ぶ。厳重な監視が成されるなか、グレンは腰にぶら下げた通行証を見せた。拝礼を受けて門が開かれ、迷いなく中へ進んだ。  天井まで続くいくつもの棚に、書物が隙間なく並ぶ。目当ての区轄を探し当て、大辞典よりも厚い書類を手にした。一つや二つではない。数十冊はある魔術師の棚一面を、手当たり次第に片っ端から探る。  顔と名前はもちろん、魔法省の地位、力の程度、魔術の種類、役職、仕事ぶり、評価、功績、罪歴、家族構成、生い立ち、なぜ母国を離れシーデリウムへ来たか。  詳細に綴られた何十人といる魔術師の膨大な情報を、限られた短い時間で徹底的に頭へ叩きこむ。積もり積もった山々の中から、磨けば光る、たった一つの原石を見つけ出すように。  そうして何事もなかったかのように、書類を棚へ戻した。 *** 「私に何の用です? こんなところで……グレン殿」  ようやくだ。皇帝との政務がこれほど長く感じたのは初めてだった。日暮れとともに内務を終わらせたグレンは、目当ての魔術師をいち早く呼び出した。  獣人はめったに寄り付かない、孕み腹の宮殿の裏山だ。そのさらに奥で、グレンはひとりの魔術師と対峙した。  透明度の高い若草色の魔術師だった。どこまでも澄んだ瞳は一見綺麗に見えるが、一切の感情を忘れたようだ。目の前に立つグレンにさえ内心を悟らせない。  純白の石灰で作られた白い彫り物に、ガラス玉をふたつ嵌めこんだみたいに見える。顔つきが整っているから、冷ややかな視線が輪をかけた。  日が落ちた、ほの暗い中でグレンは背を伸ばす。やや細い体躯の、うすら寒い魔術師を見返した。 「魔術師一等級コルネーリォ。君に頼みたいことがある」

ともだちにシェアしよう!