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「お前のためだけに言ってるんじゃない。お前は暴れたら気が済むかもしれない。だがもし逃げだせても、子を死なせた代償で生き延びたとしたら、自分の代わりに腹の子を死なせた苦しみを、ルトはずっと抱えて生きるかもしれない」  だいいち逃げ出すまでに至らず、宮殿を荒らしただけで終わったとすれば、それこそルトを守れるものは誰もいない。ラシャドは獣人だ、国軍に勤めた功績もある。だがルトは違う。  大昔に逃亡して捕まった孕み腹の末路はひどいものだ。魔術師の追跡を逃れるために自ら足首を切り落としたという。足環を外すために。けれど逃げられず、連れ戻された孕み腹は見るも堪えない罰が下った。  一時の感情に煽られるだけでは何の解決にもならないのだ。 「菖蒲殿へは行かせない。苦しいのはラシャドだけじゃない。それでも行くというなら、俺はお前と刃を交えてでも止めてみせるぞ」  こうして伝えにきたのは、衝突してでもラシャドを制するためだ。背中を後押しするためではない。  優しい風貌が燃えるように底光りする。一手も緩める気はないと、首元の刃が妖しく光を反射した。真横で響いたグレンの厳しい声に、ラシャドの眼光が鋭くなった。  グレンの剣速に勝るものは少ない。精密に、一寸の狂いなく。緻密な技を繰り出す早業は、精鋭兵でも右に出るものはいない。相手の動きを先読みし、次々と剣技をあやつり攻撃の隙を与えないのだ。  グレンの本気に動じることなく、低く唸ったラシャドが口を開いた。 「だったらあいつを……、見捨てんのかよ」  乾いた声音で、ようやくラシャドの瞳がグレンをまともに見返してくる。動きを止めたラシャドに、グレンは奪った刀剣を、帯刀する鞘に勢いよく突き刺した。 「――魔術師を」 「あん?」 「魔術師を、こちら側へ引きずりこんでやる」  見捨てたりなどしない。ルトは守る。そのためには、囚われの身になってはいけないのだ。司令塔になって動かなければ。そして味方を得ないといけない。皇帝は動かせない。ならば、外堀から埋めてやる。  意思を決して前を見たグレンの瞳は、目の前のラシャドを通り越し、さらにその先を見据えた。 「俺が動く。お前はじっとしていろ」  ルトがジェヒューの子を孕んでいる限り、菖蒲殿と切り離すのは不可能だ。ならば菖蒲殿を監視するものが必要だ。誰かがルトを守らなければ、菖蒲殿のなかで。招かれざる獣人は許可なく宮殿に近づけない。残るは魔術師だ。 「俺たちのかわりに動いてくれるものを探す」 「そんな暇があるか。待ってられん」 「今すぐにだ!」  こうしている間もルトはいたぶられている。協力者を今すぐ見つけ、今日中にグレンたちの味方につける。誰にも気づかれず、密やかに。誰であろうと邪魔はさせない。ラシャドにもだ。

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