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ラシャドはただでさえルトがらみの噂がある。皇帝の影がついて回るルトを、これ以上噂の的にはできない。兵舎の奥は木が生い茂る森林がある。
視界が見通せる広い中庭から、木々が目隠しとなる場所へ二人そろって移動した。奥へ進み、無言で後ろを歩くラシャドを振り返る。
声は発さなくとも威圧を放つラシャドへ、報告書を手渡した。
「落ち着いて、読め」
グレンの手からもぎ取るようにラシャドが報告書にかじりつく。記された文字を黙読する漆黒の瞳が、見る見る間に尖りだした。当然だ。激しい行為ばかりで鞭打ちや拘束具、吊り具といった玩具も、プレイの一環として使われていた。
すべてを読み終え、ラシャドは再び報告書をグレンに渡す。憤怒とともに、鍛え上げた体躯が踵を返して背を向けた。グレンが透かさず口を開く。
「菖蒲殿に行くつもりか」
「決まってんだろう。ぶちのめしてやる」
闘志を漲らせて低く唸る。グレンはすぐさま、肩を怒らせるラシャドの目前に立ち塞がった。邪魔だと、漆黒の瞳が語る。殺意に満ちた怒気が凄まじい。今にも襲いかからんと睨みつけられた。しかし引く気などない。
「どけ」
「駄目だ。今回は見逃せない。孕み腹の所有権は、宮殿の主にある。お前じゃない、ラシャド」
二度の愚行を減刑するほど皇帝は甘くない。見逃されるのは一度きり。命まで奪われずとも、職権を剥奪されたうえ、永久に帝都を追放されるかもしれない。だが説得するグレンの言葉に耳を貸さず、至近距離で眼光を狭ませるラシャドが足先を進めた。
ラシャドの体躯がグレンの身体とぶつかって、真横を通り過ぎようとする。瞬間だ。目にもとまらぬグレンの動きが、帯刀したラシャドの剣を一瞬にして引き抜いた。
これぞ疾風迅雷だ。抜刀したグレンの剣は、ラシャドの首元に押し当てられた。
「行かせない。仮にここでルトを連れ去ったとして、ルトの腹の子はどうする」
父親の種がなければ子は育たない。獣人の精がなければ、ルトの細胞で成された核種胎の実は力を失い、やがては朽ち果てる。そうなれば、腹の中で実った子も死んでゆく。
体内で枯れた実は胎児とともに流れる。異物になり排泄物として、体外に吐き出されるのだ。仮に子が育ちすぎたら子種の供給を完全に止め、核種胎を枯らしてから魔術師が取り出す。
ルトは、そんな惨いことは望んでいないはずだ。
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