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 ムイック隊長だった。虎の耳と尾を堂々となびかせて、ラシャドの隣へ豪快に歩を進める。そして皇帝に一礼した。 「陛下。そもそも孕み腹は、子孫繁栄を謳いながら、その実態はもはや腐った遊郭と同じでございます。無辜な少年をいたぶり、命さえ摘む。誇り高き獣人国シーデリウムにおいて、嘆かわしい現状でありましょう。しかしあまりにも長い時を、我らはぬるま湯につかり続け、見過ごして参りました。ましてや国の要である、王が住まう後宮で執り行うことではございますまい。傷口は治さなければいずれ腐る。むろん痛みは伴うが、膿んだ傷を切り離せば、新たな再生もありうるでしょう」 「愚かしい。精鋭兵の隊長ともあろうものが、気が触れたか!」  何十人といる獣人が、口を合わせて騒然とする。隊長にとびかかろうとする獣人もあった。いよいよ乱闘になる直前だ、地を駆ける獣人王の雄叫びが朝議殿を揺らした。 「静まれッ! 孕み腹については、また改めて討議する。ひとまずそこの罪人どもを、トゥラドーラに閉じこめておけ!」 *** 「よくもしてやってくれたな」  朝議を済ませ、執務殿で上奏を扱う皇帝は不機嫌さを隠せない形相だ。それをグレンは冷静に受け止めた。金の目元に刻んだ皇帝の縦皺が、深みを増した。 「グレン。そなた、己がしでかした事の重大さをわかっておるのか」  完璧に整った相貌を崩し、皇帝が厳格に問うてくる。書類を整理するグレンは、手を止めて皇帝の前に進み出た。眼光を細め睨んでくる皇帝に、迷いなく臣下の礼をとると、顔を上げた。 「わかっております」  わかりすぎるほど。獣人にとって孕み腹は、日常の一部となってしまった。大陸の最下層に存在する人間は、人ではなく生きる道具だ。  あたり前のように獣人が日常的に使うモノ。それを撤廃するとなれば、シーデリウムの獣人が異を唱えるのは目に見えている。  王族に連なるものや貴族、それに、天に住まう羽翼族まで反発するだろう。廃止を巡って獣人たちの暴動が起きたとしたら、皇帝であっても止められはしまい。  だが一度口に出したものは撤回できない。ましてや朝議殿における、討論上での発言だ。書記官ならびに魔術師による、討論の証文はすでに成された。皇帝の認可をすっ飛ばし、直接上奏が認められたようなものだ。  本当は、孕み腹の廃止については、もう少し慎重に煮詰めてから上奏したかった。もしもグレンの訴えが認可されなければ、そのときは、朝議殿の上奏を密かに忍ばせるつもりだった。  しかしルトのことを、皇帝が正式に朝議するなら利用しない手はない。これまでは、孕み腹の討論さえされなかったのだ。賽を投げたのは皇帝だ。その大きな一振りを不意にはしない。

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