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「申し上げます、陛下。孕み腹は獣人の繁栄に乗じ、人間が二度と侵略せぬよう、戒めに据え置かれたものでございます。もはや人間が服従を誓った今、後宮を解放してもさほど差し支えはありませぬ。むしろ、過度な制圧はかえってヌプンタの暴徒を招きかねません。此度の件につきましても、孕み腹を言い訳に、己が罪と認めぬ獣人もありましょう。それも王宮に仕えるものとあらば、シーデリウム帝国の秩序を根幹から乱す火種にもなります。それゆえ、我、グレン・マトスは、ここに孕み腹の廃止を願います」
文章を読み上げるようにすらすらと言い切れば、攻めの手を緩めないと、すかさず異論が飛んだ。雄々しい鷲の羽をたたみ、鋭い両目が中央で佇むグレンを狙う。貫禄がある老臣の、儀典長だった。
少ししゃがれた声で陛下、と中央に進み出て、グレンの横に並んだ。
「グレン殿。孕み腹の廃止を口にするとは軽率ですぞ。現在孕み腹を使いに後宮へ訪れる獣人は、後を絶たない。そのものらをどのように説き伏せる? 我が国では人間は奴隷、その事実をねじ伏せるのは、無理があろうて。どう申し開きをする」
皇帝に礼をとる儀典長が、前方に頭を下げグレンを横目にして問う。睨みを強める反論を受け止めたグレンは、伏せた目線を軽く上げた。
声は皇帝に向かい、険しい顔つきの儀典長をちら、と冷静に見返す。
「陛下。シーデリウムにおいて、我が皇帝陛下は、天に等しき絶対的な存在でございますれば。まずは、幾度も伽を務め、陛下を悦ばせた労として、召し抱えた孕み腹に褒章をお与えくださいませ。さすれば形ばかりでも、孕み腹の格式も上がりましょう」
淀みなく応じ、軽く顔を伏せるグレンの口元が皮肉に歪んだ。望まぬ夜伽を強いられて、皇帝を悦ばせた褒美などと。
本来なら気の強いルトが知れば、泣いて拒絶するかもしれない。グレンの提案だとわかれば軽蔑されるかも。だが手段は選ばないと心に決めた。
現在の皇帝は孕み腹を伽に召す。もはや王宮では暗黙の容認となった。大事な局面で、周知の事実を利用しても、誰も反論などできまい。
仮にもルトは後宮に住まう。伽を務めた時点で側妃の位を授けるのが、後宮の在り方なのだから。
獣人であれば一夜にして与えられる身分だ。けれどルトは奴隷の身、褒美が妥当。だいいち側妃となれば、現王が崩御するまで宮殿から出られなくなる。それでは孕み腹を廃止しても志半ばだ。
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