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自分がどうするべきか。どうしたいか。どんな未来を迎えたいか。それぞれはルトにとって同じようでいて、けれど少しずつ違うこともあるのだとこのとき初めて実感した。選択するのはルト自身だ。
さまざまな苦難があった、理不尽な暴力があった、人間の身勝手さも、獣人の温もりも魔術師の優しさも知った。
絶望のなかにあっても、エミルたちとの絆が芽吹いた。初めて、血を分けた拍動に触れられた。死を望んだときもあった。だけど、今なら、生きたいと思える。
ルトは決して、ひとりきりじゃないとわかったから。ルトを必死に守り、助けてくれる、いくつもの大きな手があると知れたから。凍り付いたルトの心を、すべての思いで暖めようとしてくれる、確かな存在がここにあったとルトの心が感じたから。
きっと、この先に続くどの道を選んでも自分に納得するだろう。そして同時に、後悔もするはずだ。
けれどルトを守ってくれるラシャドやグレン、見捨てずに助けてくれるコルネーリォのように、過酷な運命は、ルトを優しく受けとめてくれる。そう信じてみたいと、思えた。
「よく考えて決めろ。今すぐ決めなくてもいい。途中で気が変わっても、誰もお前を責めたりしない。とりあえず、陛下の要求には応じておけ。それから選べ。俺か、グレンか。遠い未来で、お前が誰の手を取っているか」
大粒の涙をぽろぽろとこぼし、ルトは何度もうなずく。その夜、泣き疲れたルトはラシャドの腕のなかで眠り、翌朝まで目覚めなかった。
***
ずっとずっと考えた。考えて、考えて、考え抜いて。各地を駆け回るグレンからの手紙も読んだ。ルトが、自身の状況をすべて知ったときに渡すようにと、ラシャドが託されていたらしい。
なぜこんな状況になったのかが、詳細に綴られていた。孕み腹を解放するため、ルトの立場を利用したのだと。グレンの詫びの言葉があった。けれどルトの自由も諦めないと。
細部まで練りこまれた計画は、付け入る隙さえないほどだ。グレンやラシャドの言葉どおり、計画は、滞りなく遂行されるだろう。
与えられた猶予が切れた三日目の夜。ルトは皇帝の寝殿で、頭を垂れた。もう取り乱していないルトを前に、皇帝が静かに告げる。
「心は決まったか」
「はい」
「余の条件をのむか」
淀みなく応じるルトの先を、金の瞳が促した。なんの感情の発露もみえない問いに、ルトは不敬を承知で顔を上げる。それはルトの、ささやかな抵抗であったかもしれない。
諦めと、諦めきれない反発心を両の瞳に宿し、ルトははっきりと紡いだ。
「はい。皇帝陛下のお心のとおりに。条件をのみます」
だから、他の孕み腹の解放を願う。ルトの答えを受け取った皇帝は、黙って金の双眸を細めた。
「よかろう。ならば、そなた以外の孕み腹は解放してやる。国境を超える手はずが整うまで時はかかるが、その間に後宮を閉鎖する。孕んだすべての腹が子を産み、情勢が落ち着き次第、孕み腹をヌプンタへ帰してやろう」
「ご恩情に、感謝いたします」
ルトは深々と一礼して豪勢な寝殿を離れる。重厚な扉の外で出迎えてくれたラシャドと、月白殿に戻っていった。
二人きりになった寝室で、じっと見下ろしてくる漆黒の瞳と向き合う。まだ張り出ていない腹部に目線を落とし、労りをこめてそっと撫でた。静けさのあと、意思の強い瞳をあげて、揺るぎない強さで口を開いた。
「俺がこの子を産んだら、グレンさんのもとへ連れて行って」
ルトを見下ろすラシャドの引き締まった口元が、ほんのわずか、緩やかになった気がした。
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