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行動を起こすのはルトが出産した直後。手はずは完璧に整えた。心配は何もいらない。グレンもコルネーリォも、身分は明かせないが、他にも協力してくれるものがある。
「で、でも。そんなことしたら」
大昔にあった、孕み腹と獣人の恋の行く末。王宮を逃げ出した、悲しい結末はルトも知る。それなのに、ルトのためだけに、グレンたちの未来を壊すなんてできない。
ラシャドやグレンにも、魔術師にも、害が及ぶだろう。それにルトが皇帝の条件を破れば人間は……エミルたちはどうなる。
ためらいを隠せないルトに、ラシャドはなおも言いつのった。
「お前が逃げたからと、シーデリウムがヌプンタに侵攻することはねぇんだ。両国の公約さえあれば、後宮にいる孕み腹も安全だ。もともとは、お前を含めた全員を、解放する方向で話は進んでたんだ。それを」
ラシャドが悔しそうに表情を歪めた。要求が要求だけに、ヌプンタはまだ、正式な条約を渋っているようだが。だが情勢を考えれば、今後、人間の少年たちを献上しなくていいようになる。
片やシーデリウムも、二度と祖国を戦地にはしない。人間の王族と引き換えに、ヌプンタの確約さえ掴み取れれば、それだけでも事は大きく動き出す。
和平がすぐそこに来たというのに、豊かなシーデリウムを再び戦地に変え、他国へ侵攻するなどと。愚かな行為を皇帝が許すはずがないのだ。
孕み腹の解放とヌプンタ王族の隷従。そしてルトの地位の確立。それらをまずシーデリウムが、正式に公約してしまえば、皇帝も朝廷も後には引けない。ルトがいなくなったと、世に騒ぎ立てられはしない。ルトを手元に置くのは、皇帝の執着に過ぎないのだから。
逃げようと思えばルトは王宮からから逃げられる。ラシャドの言い分に、ルトはじっと耳を傾けた。
「俺も、グレンも、すでに覚悟はできている。お前は自分の幸せを考えろ。他の誰にも、遠慮する必要はねぇんだよ。俺たちはお前の幸せだけを願ってるんだ。どこにいようと、何があろうと、俺たちはお前を守る――ルト。たとえ、シーデリウムのすべてを敵にしても」
だから、ルトは自分の思うままにしたらいい。誰にも縛られず、自由に飛び立って。自分の心と素直に向き合っていいのだ。
ルトが、心から求めるものは何か。ラシャドの腕のなかで誰を望んだか。ルイスの温もりに、どれほど心を揺さぶられたか。懐かしい故郷に幾度、幸せな夢を見たか。何を選んでもルトを信じる。ルトが行く道を、みんなが全力で支える。
ラシャドらしくない優しい、穏やかな声音に、ルトの涙が溢れでる。めったに見られない、穏やかなラシャドを見ていられなくて、うつむいた。
さらりと流れたルトの黒髪を、大きな手で撫でられて、ルトは何度も頷いていた。ありがとうと、伝えようとしたけれど、嗚咽を堪える声はうまく言えなかった。
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