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きっと与えられた選択を、納得いくまで考え抜いて、ルト自身で決められたのが心の安定につながったのだ。寝台に腰を掛け、手持ち無沙汰に白い玉を指先で転がす。消えた映像が思考をよぎった。
時代の頂に立つ皇帝は、ただしくこの世の先導者であった。厳格な立ち居振る舞い、圧倒的な強さ。隙を与えぬ冷酷さ。さらに、成し遂げる絶対的な精神力。荒れる朝廷で、様々な臣下の反対を論破して、孕み腹の身分を奴隷から引き上げたという。
それでも奴隷に、新たな地位を授けるとは臣下がやすやす納得しない。反対は後を絶たず、各族長の助力はまだ得られていない。会合まで残り一ヵ月ほどに迫る。それまでに新しい核種胎を、確実に完成させなければならないそう。
ルトは厳密にいえば、孕み腹のままで、正式な妃ではない。いわば仮の身分だ。反発する臣下を説き伏せる間に、ヌプンタとの平和条約は正式に確定した。奴隷の解放を、どうにか両国の公表までこぎつけて、孕み腹の足場は少し固まったか。
ツエルディング後宮は、表向きには閉鎖された。ルトが仮の身分なら後宮も仮の閉鎖だ。身分の高い獣人は、口添えで後宮に来られるし、孕み腹を使おうと賄賂もある。情勢が落ち着くまでは、流れは完全には止められない。それでも多くの一般の獣人が、昼も夜も訪れる日々を思えば状況はずっと良くなった。
暴力的な獣人が、気軽に出入りできないくらいには、後宮の価値は上がったのだろう。お触れから獣人の足が緩やかになり、エミルたちは、逆に疑心暗鬼になったという。
寝台のそばにあるソファーに移り、青々と広がる大空を眺める。陽光を浴びた月白殿の中庭は、ルトの活気ともに、みずみずしさを取り戻した。いい天気だし、水でもあげようかと思うけれど、ルトが宮殿の外に出るのをいまだにラシャドは嫌う。
ならば掃除でもしようかと思案したところで、ルトの視界に見慣れた人だかりが見えた。エミルたちだ。先頭を行くグレンと、何かを熱心に話しながらこちらへ向かってくる。
まだ遠目にある姿にルトは慌てて窓を開け、大声で呼びかけようと口を開いた。だがそのとき、蜂蜜色の視線がルトを一直線に見上げる。はっきり見えなかったけれど、自分を見つめるグレンの表情が柔和になった気がして、ルトは一目散に玄関へ走った。
後宮が閉鎖されてから、エミルたちは度々ルトに会いに来てくれるのだ。そわそわして勢いよく、重たい扉を開ける。待ち構えたルトに気づき、みんなが満面の笑みになった。先頭を歩くグレンを横切り、エミルが一番乗りで駆けだしてきた。
「ルトー!」
「エミル!」
玄関で顔を出したルトに、ぶんぶん手を振るエミルが勢いをつけて抱きついてくる。ルトは片足で踏ん張って、どうにか体当たりを受け止めた。後ろから来たパーシー、ラザ、ユージンが笑い声を立てるのが、エミルの隙間から見えた。
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