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重たい扉を背中で支え、両手をエミルに回せばさらにぎゅうっとしがみつかれた。どこか必死な様子にルトの口元が緩む。すぐ傍に来たグレンが、さりげなく重い扉を支えてくれた。
背中の重みが消え、反射的に傾いてしまう。よろけたルトをエミルごと、上背のあるがっしりした片腕が背中から抱えてきた。
「変わりはないか? 何かいるものとか……困ったことは?」
「ふふ、大丈夫ですよ。お触れが出るって教えてくれた五日前にも、同じこと言ってました」
礼を言いながら、影を作る相手に目を向ける。視線を上げれば、目の先でグレンが穏やかに見下ろしてきた。くすくす笑うルトを見て、そうだったなと、柔らかな口元が上がる。思いのほか近い距離にきてルトの心臓が跳ねた。
たわいないやり取りを交わす隙に、エミルたちが次々と月白殿へ入っていく。我先にと、駆け出す少年を見送るグレンが、再びルトに優しい風貌を向けた。
「そしたら、俺はここで。話が終わったら、宮殿の飛報石で呼んでくれ。ラシャドは警護中だろうから、俺がこの子たちを後宮まで送り届けるよ」
「うん。忙しいときに、ありがとう、グレンさん」
頬を緩めたルトの低い鼻先に、グレンが進み出る。近かった距離がさらに詰まった。柔らかなルトの耳元に、甘く整う顔を寄せられる。グレンの息遣いを間近で感じ、ルトの白い肌がうっすらと赤らんだ。小さく身じろぎしたら、背後の扉がとんと当たる。
「あ…、の……」
「お礼なんかいらないよ。俺も、君に会う口実ができてうれしい」
「な、なに言……」
頻繁にルトのところに行きたがるエミルたちのおかげで、こちらが礼を言いたいくらいだとグレンが呟きを落とす。
「平和条約の、両国の正式なお触れも、陛下の声明も、やっと公約までこぎつけた。前ほど忙しくはなくなったから、こうして時間の合間に、ルトの顔を見れる」
ラシャドはどうしても、警護の対象にべったり張り付かないといけない。反対に、グレンは時間の都合がつきやすいそう。役得だと、耳元でささやかれた。
しっかりもののルトを、どこまでも包みこむ雰囲気に、ルトの耳まで熱く染まる。エミルたちに会いたいと、わがままを言うのはルトなのに。
立ち去るグレンの背を見送り、熱くなった頬をごしごしと擦った。とにかくだ。今のやり取りを、みんなに見られなくてよかった。気を落ち着かせて息を吐く。の、だが。すぐ後ろから、うぷぷと笑いを押し殺す、くぐもった声がした。
「みぃーたぁーよー! ルトの耳が真っ赤っか!」
「わっ、重いっ、パーシー!」
今度は後ろから飛びかかられる。パーシーの片腕がルトの細い首を回り、そのまま居間に連れていかれた。そこにはやたら、にやにやしたエミルたちが、ソファーとその周辺にたむろんでいた。
「ルトかわいいねぇ。あの獣人が好きなの?」
「え。ち、違うよ」
にこにこ笑うエミルの一言を、身振り手振りでとっさに否定する。ルトの右手に座ったラザが、すかさずはしゃぎ声をあげた。肘を突き出し、ぐりぐりとつつかれる。
「えー。でも、さっきの獣人は、ルトを好きだと思うな。だってあの獣人、ここに来る間、ずぅーっとルトのことばっか聞きたがるし。素のルトはどんなものが好きとか、苦手とか……、どんな話をしてるとか。どうでもいい寝相まで! 俺も寝てるからわからないって言ってやったら、がっかりしてたよ」
「え……」
クククとラザが、自分の台詞にひとりでにやける。固まるルトの、丸い目が見開かれた。とたん、落ち着いたはずのルトの頬に朱が走る。微かな変化を見逃さないユージンまでもが、ちょっかいに加わってきた。腕を組み、ラザの横でうんうんと激しく頷く。
「確かに。ルトが初めて孕んだ紫苑殿に、なんだかんだと理由つけて案内してくれたのも、あの豹の獣人だったしな。初めはどんな魂胆かと思ったけどね。ルトを好きなら納得したよ、いろいろと」
「だよねー」
再びパーシーが明るく言う。ソファーに頭までもたれさせ、きゃきゃきゃと笑った。ルトをいじるみんなに囲まれて、ルトはそそくさと調理場へ避難する。早く飲み物を出そう。
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