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「礼がしたいってんなら、受け取らねぇこともねぇぞ。お前から大サービスしてくれりゃ、俺の足も羽みてぇに飛んでいくんだがな」
腕のなかのルトへ端正な片頬を差し出してくる。ラシャドの言葉をきちんと理解したルトは、青白かった顔をたちまち上気させた。ラシャドの硬い胸をどんと叩く。
「あ、あなたって人は……っ、どうしていつもそう、そっちのほうに話がいくんですか」
「そりゃ雄に生まれついたロマンだろ」
「そんなロマン聞いたことありません」
窓から飛び降りたことと言い、まったく意味がわからない。ルトは、真面目に話をしているのに。動揺するルトの様子にラシャドが低く笑う。絶対からかわれてる。軽く嘆息し、気を改めて、ひたすら前へ進むラシャドの端正な顔を見上げた。
「そうじゃなくて、だから……いろいろ優しくしてもらって、感謝してるって言いたいんです。あなた……ラ、ラシャド、が……俺に果物まで買ってきてくれるなんて、思わなかったし」
それもほぼ毎日だ。調子が悪くても、あの果物だけは、どんなときでも食べられたから本当に嬉しかった。礼を言う機会を逃していたけれど、今やっと、素直に言えた。
「あー? 果物? あー…、あぁー…、ケラシエーラ……いや違うな、シレラスアだったか」
ラシャドは片眉をあげ、果物の存在を思い出すようにぶつぶつ言う。たぶん果物の名称だろうが、まさか、どんな食べ物かもわからずに買っていたのだろうか。ラシャドならあり得そうで怖い。
はっきりしないラシャドにルトは首を傾げた。なぜこんな、歯切れの悪い話になってしまったのか。気を取り直し、もう一度勢いよく告げた。
「とにかく、本当にありがとう。あと、二人目の子も……絶対に、大事にしてくださいね。ルイスみたいに可愛がってくださいね。途中で、どっかに捨てたり乱暴に扱ったりしないでくださいね……っ!」
「するわきゃねぇだろが。あいつらは俺が守るっつってんだろ。一つの傷もつけさせるか。指一本でも、怪我させたやつがいたら、千倍にして返してやる」
せめて一目だけでも会いたかった。考えないようにしても、あふれる思いは止められない。ルトが不安になってラシャドを見上げれば、ラシャドがふんと鼻を鳴らした。
我が子が万が一でも傷つけられたらと、今から闘志を漲らせる。心強いラシャドに、ルトの心がほんの少し軽くなった。きゅっと手のひらを握る。ルトを見下ろすラシャドの瞳に迷いはなかった。
「先を急ぐぞ。速度を上げる」
しっかり掴まっておけと催促される。唸る風さえ味方につけて、ラシャドは勾配する広い山奥を猛烈に疾走した。駆け抜ける風の勢いがさらに早まる。ぐんぐん景色を変え、やがて、王宮の奥深くにたどり着いた。
まるで枯れ木の森だ。ずいぶん長い年月を放置されてきたのだろう。ここでラシャドは、ようやくルトを下ろした。
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