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「二日くらい前だったよな。武装した獣人どもが、魔術師と何人も押し入ってきて。あっという間に俺たちを大広間に集めたんだ。特に何もなかったけど……わりとすぐに、解放されたよな?」  ラザの横でユージンが相槌を打つ。ルトが、グレンと自由を満喫した間に、そんな騒動があったなんて。ずいぶん悪いことをしたなと、ルトは心のなかで詫びをいれた。 「びっくりさせてごめんね。心配、かけたよね」  耳元でひぐひぐ泣く二人に目線を落とす。ルトの細い両肩に埋まって、離れないふたつの頭を、左右からよしよしと優しく撫でた。 ***  ようやくだ。誰もが待ち望んだ日が、すぐそこに来た。月日は去り、時はめまぐるしく移り変わった。  新たな核種胎の完成を魔法省が公表し、各種族長の会合にもやっと決着がついた。満場一致とはいかなかったが、着実に足場を固め、皇帝は根負けした族長らをついに従えた。  ヌプンタの王族と引き換えに、孕み腹の解放が正式に決まった。明日いよいよルトたちは帰郷する。 「っあー! 今日は絶対寝れないしっ! ちゃんとここを出るまでは、落ち着かないし! ベッドの中で一秒だって、じっとなんかしていられないしっ」  旅立ちを前にした夜だ。自分の寝台で休む少年や、等間隔の座間に座る少年たち。後宮の寝所に身を置くが、身の置き場がなく、そわそわと。  絶叫して、ルトの寝台付近をうろうろするラザを、紫水の瞳が慌ただしく追いかけた。長細い寝所で落ち着きなく過ごす、少年たちが視界に映る。緊張した雰囲気に見ているだけではらはらする。ルトを囲むエミルたちも、気分は同じなんだろう。いつもより表情が固い。  言葉少なく、そぞろに動くエミルたちを、ルトはぐるっと見た。 「だったらヌプンタに帰る前に、また一緒に遊ばない? 思いっきり身体を動かしたら、疲れて寝れる……かも?」  明日は皇帝が約束してくれた、記憶操作が行われる日でもある。今、こうして手を取り合うルトたちは、本当なら一生交わらない関係だった。シーデリウムに連れてこられなければ、出身地も、年齢も、何の接点もない友人たちだ。  国に戻ればみんなバラバラになって、互いの絆さえ忘れるだろう。ルトは、寂しさを心の奥に隠した。 「ダメかな?」 「はい乗ったぁ! 行こう、行こうっ、今からな!」 「僕も行きたい」 「いいぜ」 「いいねぇ。久しぶりに、弾けられそぉー!」  ラザ、エミル、ユージン、パーシーが順に応じる。浮かれる様子に頬を緩ませ、自分の寝台の下から、いつかの空き缶を取り出した。くたびれた空き缶を感慨深げに眺める。  思えばただのゴミひとつが、すべてのきっかけだったかもしれない。無機質な冷たい空き缶を、手のひらで温めるように、ぎゅっと握った。  そわそわ浮き立つ寝所を抜ける。みんな一緒に後宮の外へ飛び出した。壮大な敷地のなか、外灯を頼りに自由の夜を満喫する。 「はいはぁーい! ルトエミル対ラザユージン! 一回戦の勝者はラザユージンだ! 第二回戦を始めまーす! ルトエミル、奪還なるかぁ、フィールドぉー……、チェーンジ!」  浮かれた鼻歌とともに缶をならし、ぐるぐる腕を回すパーシーが審判役をする。はつらつとして、てきぱきと、進行役がとても上手だ。  ルトと組んだエミルも今回は存分に走り回った。きゃあきゃあと声を立てて、飛んでいく空き缶を追い回す。こっちは、なんだか可愛い子犬みたいだ。エミルに言うと怒るから、内緒だけれど。

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