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「孕み腹の――ここにいた記憶を。ヌプンタに帰る、みんなの記憶を消してください」  コルネーリォに、記憶を操る力があると教えてもらった。どれだけの魔術師が、特殊な力を操るのか知らないけれど。  あったはずの記憶を消す。申し出たルトの願いが正しい行いか否か。ルトにはわからない。だけど、覚えていて苦痛にしかならない記憶なら、なくてもいいと思う。  取り除ける機会があるなら、その力があるのなら、それに縋ってもいいと思った。この先ヌプンタに戻り、獣人の陰に怯えて暮らすよりもずっといい。そんな、弱い心も、大切に守りたいと思うから。  自国からも獣人からも生贄のように扱われた。同じ絶望を生き抜いたみんなに、せめて希望が降りかかるよう。ひとりひとりが、本来持ち得た、明るい未来を歩むために。  潔いルトの心意気に、ラシャドと皇帝は口を閉ざす。皇帝はひたとルトを見つめる。金の双眸がひとつ、ゆっくりと瞬いた。 「よかろう。そなたの望みを聞き入れる。シーデリウムにいた記憶を、孕み腹から取り除こう」 「寛大なお言葉を、ありがとう存じます」  確かに応じる返答を聞きルトは深く拝礼する。礼をとる視界の隅で、ラシャドの苦い表情が見えた。  二日間の幽閉生活は思いもかけず賑やかだった。ラシャドとグレンが、交代でルトの様子を見に来てくれたのだ。  外界と遮断される監獄牢では無理だが、鉄格子での幽閉なら、袖の下が使えるそう。罪人ばかりのトゥラドーラ塔に、差し入れまで持ってきてくれた。王宮は牢まで広くて、罰を受けているのを忘れてしまう。  聞けば、大掛かりな魔法陣で、コルネーリォが誤って、ルトの足輪まで解除してしまったと、総帥から直々にお叱りを受けたらしい。グレンとルトが逃亡した空白の一時間は、完全に幻の時間とされた。  ルトを安心させるように、穏やかに話すグレンはどんな罰がくだったか。尋ねようとしたけれど、きっとグレンは平気なふりを装うだろう。自分の痛みを上手に隠すグレンに、ルトは不安を胸にしまった。  楽しかった刑を終え、孕み腹の寝所に入る。次に待ち構えたのは、ぼだぼだと大泣きした、エミルとパーシーだった。 「ルトー!」 「よかったー!」 「いっ…、ど、どうしたの……っ」  左右から、猛突進で同時に飛びかかられる。ふらっとよろけ、片足で踏ん張れば、ぎゅうぎゅうと密着された。重いし、苦しかったけれど、どうにか両腕を回して、泣きつくエミルたちを抱える。  ふるふる震える二人の、細い背中をさすった。困惑していたら、続いてやってきたラザとユージンが、変わらないルトを見て安心したと声を揃えた。  ラザが両手の指で、自分の目じりを吊り上げて目つきを尖らせる。 「なんかすっげぇいかつい虎が、衛兵を引き連れてさぁ。アメジストはどこだって、大騒ぎだったんだ」

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