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「人間との子などいらん」 「はん、わかんねぇよ。先の未来のことなんて、誰にもな」  これからの未来がどう転ぶか。それは誰にもわからない。たとえ皇帝であってもだ。今すでに、起こった状況さえ予測不可能だったのだ。  たかが人間に、不動の獣人が動かされた。憎しみしかない皇帝が唯一人間を望んだ。孕み腹に関心がなかったラシャドとグレンが、これほどルトに心惹かれることを、いったい誰が予測したか。  たったひとりの人間のため、帝国シーデリウムが生まれ変わろうとしているなんて。誰が知っていたという。 「陛下がこの先も、ルトとの子を望まねぇ保証はどこにもねぇ。こいつそっくりな俺の子を見て、ひょっとしたら陛下のほうが、悔しがってっかも知んねぇしな」  この先の、行く末が見ものだと小気味よく言う。歯に衣を着せないラシャドの文句に、皇帝は忌々しそうに顔をしかめた。余裕を見せるラシャドへ、意趣返しとばかり低く唸る。 「そなたこそ。悠長に構えてはおれんぞ。孕み腹を完全に撤廃すれば、各地で暴動も増えよう。精鋭兵を含むそなたら衛兵には、いつか必ず起こるであろう反乱の討伐をしてもらう。そなたが赴く僻地は、特に治安が悪い。遠征も増えるだろうの」 「へっ。んなの、百戦錬磨の俺が、一瞬でぶった切ってやる」  上奏を棄却し続ければいずれ暴動が起きる。孕み腹を残らず解放すれば、反発はさらに高まるだろう。各族長の助力を得ても、すべての民意を黙らすなど土台できない。乱れた世が治まるまで、混乱は続くはずだ。  グレンらが言う、腐った世の中から動乱の世へ、時は移り変わるだろう。そして次は動乱から安定した世の中へ。次世代に託すのは、今を生きるラシャドたちが成すことだ。  大胆不敵な、自信に満ち溢れた漆黒の狼を皇帝が胡乱気に見やる。どこまでも光る金の両目は、やがて目の前のルトに移った。 「今回は不問にしたが……よいか。二度目はないと思え。アメジストが孕み腹。そなたが、再び余を欺けば次は許さぬ」  意志の強い低い音がルトの身体を振動させる。ルトは姿勢を正し、深々と忠をとった。深く折る腰をぴんと伸ばす。  ルトの望みを、伝えるなら今だ。エミルたちと別れる前に叶えてほしいルトの願い。人間を憎む、目の前の皇帝は受け入れてくれるか。  皇帝の鋭い視線を感じ、迷いなく口を開いた。 「陛下。お約束いたします。もう愚かな真似はしません。このときより、俺の命を全部あなたに捧げます。そのかわり、ひとつだけ、俺の望みを聞いてください」  ルトの願いを、皇帝が叶える必要など本当はない。わかっていても聞き入れてほしかった。皇帝とラシャドが沈黙する。一拍おいて、皇帝が先を促してきた。 「何を望む」  低く唸る皇帝の声に、ルトは堂々と前を向く。厳粛に君臨する皇帝を、紫水の瞳がまっすぐに見た。

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