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「余を欺いたのだ、これくらいは構わんであろう」  引かぬラシャドに皇帝が鼻白む。打って変わり、空気が和らいだ。金色の獅子が、ルトに怒気を放つのをやめたのだ。察したラシャドの気も穏やかになる。目に見えない火花が消え、ルトは、無意識に息を吐いた。  気が緩んだ広い殿内で、陽光を背にする皇帝が、つまらなさそうに声を張った。 「アメジストが孕み腹。そなたは許可なく月白殿を抜け出した。出産後ゆえ気が昂り、宮殿の主と散策に出たというが、其の方の分はまだ奴隷。自由は許されぬ。其の方には二日間の幽閉を命じる。月白殿の主、ラシャド・ロウゼは王宮を混乱に陥らせた。一年間の無償奉公に加え、僻地への労役刑を科す」  下った処罰に、目を見開いて顔を上げた。傍に立つラシャドは落ち着き払い、何事もないように拝命を受ける。動揺するルトの視線が皇帝とラシャドを交互に見た。  騒動のもととなったルトよりも、ラシャドのほうが重い罰だ。ルトと目があった、温度のない金色の双眸が鋭く狭まった。 「余はこやつの願い出に応じたまで」  張りのある皇帝の低い声音に、ラシャドが肩をすくめる。端正な口元が弧を描いた。晴れ晴れしたラシャドの様子に、冷えた金色の視線が光る。皇帝は呆れ果てた調子で吐き捨てた。 「余を前にして一歩も引かぬ。グレンと二人、命を賭す覚悟か。孕み腹を思うとはいえ、これはいずれ余の妃になる身。二度と、触れ合うことはできぬ。見返りがあるわけでもあるまい。いくら尽くそうと何の利益にも、ならぬだろうに」 「だから言ってんだろ。利益とか損とかつまんねぇこたぁいいんだよ。それは、グレンも同じだ」  ただ己の信じる道を進むまで。ラシャドもグレンも。堂々とラシャドが言い切れば、皇帝は瞬時に表情を厳しくする。綺麗な眉根に深いしわを刻んだ。 「職務を放棄し、行方をくらませたグレン・マトスにも相応の処罰を下すぞ。万一このまま戻らぬなら」 「戻ってくる、必ず。気持ちの整理がついたらな。こいつがここにいるんだ。それに俺もそうだ。僻地の任務を済ませたらここに戻ってくるさ。成長が楽しみな奴が、二人いるからな。見返りってんならそれで十分だ」  瞬間ルトは息をのんだ。ラシャドが成長を楽しむもの、それはきっとルイス。そしてもうひとりは……生まれたばかりの、人間の子。  それはルトが、ラシャドに託した五パーセントの奇跡だった。まだ名前すら決まっていない、ルトが宿した、ラシャドとの二人目の子だ。 「陛下は獣人の帝王だ。獣性が強い陛下が、この先ルトに似た我が子を望んでも、絶対に人間の子は作れない。あれは、この世でたった一つの、俺だけの存在だ」  獅子王の子は獅子しか生まれない。皮肉に言い返すラシャドを冷徹に見やり、皇帝は片頬を歪めた。

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