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「これから、お前らの記憶をいじり、孕み腹だった記憶を消してやろう。足環も外してやる。ここでの日々を忘れ、祖国に戻るがいい。端からひとりずつ、前に進み出よ」  緊張する大広間にたちまち動揺が走る。一斉にざわめいた少年たちは右に左に、うろたえながら広間の様子を見渡した。  ほんの少し列が乱れる。なかなか動こうとしない少年たちに、しびれを切らした魔術師の叱責が飛んだ。大きく身を竦めた少年が、ひとり、またひとりと、端から順番におどおどと歩を進めた。  かちゃんかちゃんと、足輪が音をたてて外されていく。一連の流れに、他の少年たちはようやく信じられたよう。なかには自分の番が待ち遠しいと、身を乗り出す少年もあった。  記憶を操る魔術師が、少年と対峙する光景をルトはじっと見つめた。結局……エミルには、真実を告げずじまいだ。ふたなりになった記憶だけ残せないか、コルネーリォに問うたけれど、一部分だけ残すのは難しいと言われた。  記憶を失くしたうえ、奇異な身体になったエミルが、故郷で奇病扱いされてしまったら。ヌプンタに戻ったあとで、また辛い思いをしないかが気がかりでならなかった。  どうしても、別れの前に真実を伝えたかった。エミルの一生を台無しにした。せめて手紙を託してみよう。すべてを忘れたエミルが、身体の変化に驚かないように――そう、思って、いたのだけれど。 「この孕み腹で最後か」  年配の魔術師が、並ぶ孕み腹を眺めて嗄れ声を出した。記憶を消した少年たちは、きょろきょろと、うつむきがちにあたりを見回している。明らかな、不安と怯え。しかし魔術師を見て、わずかな物珍しさが瞳に浮かぶ。  もしかしたら彼らの記憶は、シーデリウムに連れてこられた初日まで遡っているかもしれない。  けれどそんななかで、戸惑ず、冷静さを失わない少年がいた。パーシー、ラザ、ユージン、そしてエミルだ。彼らは記憶を残すことを選んだ。順番が来たときに、進み出ず首を振ったのだ。ルトの隣で肩を並べる面々に、ぽつんと呟いた。 「記憶を消してもらわなくて、本当によかったの?」 「うん……いいよ。だって僕、みんなと過ごした、楽しかった時間を忘れたくないんだもの」 「だよねぇ。僕も。でもユージンはいいのー? 前に、記憶を消してやりたいって言ってたのにさぁ」  瞳を三日月にさせたパーシーが、にやついて真横からユージンを覗く。じゃれつく仕草で身体を揺らし、とんとんと小さく体当たりした。わずかなぶれもなく、ユージンがどっしりと受け止める。  悪戯なパーシーの視線に、冷静な男前はぽりぽりと片頬を掻いた。心機一転とばかり、腕を組んでぐるりと首を回す。 「あぁー…、まぁ……。あれからよく考えなおしてみたんだけど。男の俺がだぞ。まさか子を孕んで生むなんてな。ヌプンタじゃあ逆立ちしたってあり得ない体験だろ? 俺の腹で、子を育てるなんてさ。これから先、死ぬまでだ。二度と味わえない貴重な感覚だった。今後の人生経験にしようかと。下手な娼館に売られたとでも、思うことにするよ」 「っつぅか。お前んち裕福だって言ってただろ」  悲惨な状況で逞しく生きる、どこまでも男前な台詞にラザがすかさず突っこむ。交わされる会話は息ぴったりで、改めてみると、おしどり夫婦のような二人だ。パーシーがケタケタと笑った。  ルトが内心で感心していたら、エミルの小さな声が聞こえた。 「でも……トンミは、可哀そうだったね」 「……ん。そうだねぇ……」

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