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【序-①】バース性 

「Ω、か」  嗄れた父の声は冷やかであり、隣に正座している母もまた、僕を見て目を細めていた。Ωである事は、別段恥じる事ではない。母もまたΩだ。男女かαとΩ間でのみ子が成せるこの社会において、縁談もある――一般的には。  ただ、僕が生まれた桐緋堂家には、僕以外の後継者がいない。母は僕を産んだ結果、子を作れない体になったのだという。 「しかるべきαを婿とするか」  父が続けると、母の顔が一瞬曇った。αが後継者として立つ事が、名門の家柄では多く、それは桐緋堂家のこれまでの歴史からも明らかだった。 「すぐに許婚の手配をする」  僕は頷く事しか出来なかった。  体格は人並みに成長してきたのだが、Ωであるから今後は平均以上にはならないのだろうかと、十三歳になったばかりの僕は、掌を見ながら考えた。性差検査は、十三歳の誕生日に行われ、結果は本人と家族にのみ通達される。  両親が立ち上がり、部屋から出ていった。いつも二人は和服姿だ。現在の僕もそうだが。  ――この日の内に、僕は転校する事になったと告げられた。  万が一、αに噛まれるような事があってはならないからと、Ω専門の学園へと編入させられる事に決まったのである。それまで過ごしていた名家の子息が通う中等部には、別れの挨拶にいく事も許されなかった。基本的に、桐緋堂家において、僕の自由はあまり無いのだが。  旧公家華族の流れを汲む桐緋堂家は、この国屈指の名門だと言われている。財力ならば他にいくらでも秀でている家柄があるが、家格だけは並べる存在が手の指の数程度しかないそうだ。 「……」  僕は、名前だけは知っている、他の家について考えてみた。僕と同世代の人間で、婿養子となりそうなα……いいや、同世代とは限らないのか……と、考えてみるが、咄嗟には思い浮かばない。長子のαが跡取りとなる事が圧倒的なこの国であるから、第二子からで、と、条件を考えてみたが、僕の知る範囲にはいない。  国内には、いくつかの名家御用達とされる学校があって、僕もその内の一つに通っていたのだが、これまで通っていた中等部には、桐緋堂よりも家格が勝る家は存在しなかった。僕は家格で人を判断したいとは思わないが、他者は僕を家格で判断する。僕が桐緋堂の人間だと知ると、必ず遠巻きにする。怒りを買って制裁される事を恐れているらしい。  そうは言うが、桐緋堂家には、実を言えば目立つ実態は無い。  皆――外側を見て、漠然と、逆らってはいけない空気を感じるそうなのだが、僕は自分でも、どのようにして我が家の家計が回っているのかすら知らない。会社経営は、基本的に使用人が行っているからだ。  僕はこの生活が今後も続くのだろうと漠然と考えていたのだが、どうやらそうではなくなったらしい。Ωである事に悲観はしていないが、誰かの伴侶となる、番となる、という事が上手くイメージ出来ない。  この年の夏は、いつも親子三人で出かけていた避暑に行かなかった。  僕は自室に待機する事を命じられ、使用人もその中でΩの同性以外の者とは会う事を禁じられた。うなじを噛まれてしまえば僕はその相手の所有物となるからだ。ネックガードも身に付ける事が定められた。  元々、家での習い事ばかりで学校は休みがちではあったのだが、この状況になると、もう少し通ってみたかったという思いが強くなってくる。今頃は夏休みも終わるのだなと、自室でカレンダーを見ていた僕は、その時、ノックの音で我に返った。 「入るぞ」  見れば厳格な父が、仏頂面で入ってきた所だった。既に入っている、というような、気軽なやり取りは、僕と父の間には一度も発生した事が無い。そうしつけられてきたからだ。 「今日、次の取引の関係で、宝灘(たからなだ)財閥の総帥とその――次期後継と指名された孫が、会食に来る。同席するように」  それを聞いて、僕は不思議に思った。次期後継者という事は……婿養子にはなれないと考えられる。つまり、僕が嫁ぐという事なのだろうか。僕は、桐緋堂の家から完全に見放され切り捨てられ、こちらの当主は別の誰かが引き継ぐのだろうか。だとすれば、分家の中であれば……と、考えていると、父が咳払いをした。 「ただの挨拶だ。見合いではない」 「あ……そうですか」 「それにしても、和服に首輪は似合わないな」 「……」 「宝灘に気取られるのも気分が悪い。今宵は、外しておけ」  そう言うと父は出ていった。僕は小さく頷いてから、片手でネックガードに触れた。確かに――どう見ても首輪としか言い難い。  ともかく……父は、僕がΩである事が嘆かわしいのだろうなと感じる瞬間でもあった。  しかし性別は第一性別も第二性別も変える事は出来ない。  生まれ持ったものだからだ。  僕は自認出来ないわけではないから、今後、Ωとして生きていこうと思っている。  それで良いと思っていた。

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