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【十三】ゴールデンウイークの幕開け

 その内に、GWが訪れた。長期休暇では無いが、この期間は『家』の用事がある場合のみ、生徒は外出が許される。今回、僕と恢斗は、宝灘会長主催の食事会に招かれているため、帰宅する事になった。宝灘財閥の家の仕事という扱いだ。  二泊三日の予定で、僕は桐緋堂の家には顔を出さず、宝灘家の持ち家の一つに、恢斗と共に滞在する。迎えに来た黒塗りの車も、宝灘の家が手配したもので、運転手さんが後部座席のドアを開けてくれた。恢斗と二人で乗り込む。  約一ヶ月ぶりに学園から出たのだが、なんだか学園内の気分が抜けない。入学前と入学後で、僕はかなり変わったと思う。やはり周囲に人がいるというのは大きくて、口数が段違いに多くなったような気がする。ただ腐男子になる前となった後の方が、僕の変化は大きかったんじゃないかとも思う。窓の外を見ながらそんな事を考えていると、そっと手に触れられた。視線を向けると、恢斗が僕を見ていて、手を伸ばしていた。 「考え事か?」 「うん……新緑の季節だね。すぐに梅雨になるのかな」  学園から続く坂道の左右には、植林された木々が並んでいる。僕は己が腐男子である事について考えていたので、それは伝えず思考を切り替えた。 「桐緋堂家の春の庭は綺麗だろうと思うが、今回泊まる先も、庭は悪くない。元々はお祖父様が所有していた家の一つで、俺が貰ったものなんだ」 「そうなんだ。恢斗の家なんだね」  僕が微笑して頷くと、恢斗もまた穏やかな笑みを返してくれた。  入学してからまだ一ヶ月と少しだというのに、僕と恢斗の関係は、以前よりぐっと近づいたような気がする。それが嬉しくもあるけれど、腐的な時間は少し減少したのが寂しい。スマホで閲覧する時間が大幅に減った。ただその代わりに、生BLを見られるのは良い。  その後は、ポツポツと雑談をしながら、車で移動した。  そして到着した今回滞在する家は、恢斗の言葉通りで、庭が洗練されていた。それを横目に、使用人達に出迎えられて家の中に入る。僕が案内されたのは客室だったが、大きな寝台があり、恢斗も一緒に入ってきた。 「着替えに行ってくる。紫樹の服は、そこのクローゼットの中に用意させてある」  恢斗はそう話すと出ていった。 食事会までは、あと三時間ほどだ。それから、僕は用意してもらっていた服の袖に腕を通した。そして吐息してから、窓辺に立って庭を見た。桐緋堂の家と同じように、こちらも和風だ。ただ家屋自体は、洋館に近い。歴史を感じさせるが、近代的だ。それから室内に振り返り、僕は壁にかけられた絵画を見た。花瓶と花の油絵だ。林檎がそばに置かれている。画家の名前を見て、本物だと知り、宝灘財閥は凄いなと改めて考える。  そうしていると、ノックの音がした。 「はい」 『着替えは終わったか?』 「うん」  僕が頷くと、恢斗が扉を開けて入ってきた。あちらもきちんとした服装に変わっている。学園生活の密度が濃かったせいで、宝灘会長と顔を合わせるのも、随分と久しぶりのような気がする。 「少し早いが、そろそろ会場に向かうか」 「そうだね」  僕は時計を一瞥してから、恢斗に従い外へと出る事にした。こうして再び車へと乗りこんで、僕達は食事会が行われる、宝灘財閥の所有する品格あるホテルの一つへと向かった。招待された客の半数は、そのままホテルに泊まるようで、本日は貸し切りの様子だ。僕達も今夜はこのホテルに泊まる。明日の夜は、先程最初に案内された恢斗の家だ。 「ああ、来たか」  会場に入ると、既に訪れていた宝灘会長が僕達を見て、目じりの皴を深くして笑った。 「どうだね? 学園生活は」 「お祖父様が紫樹の事を教えて下さらなかった事、俺は心外でした」  恢斗が口元に笑みを浮かべた。ただし目が笑っていない。そういえば秘密にしていたのだったと思い出し、思わず僕は顔を背けた。 「しかし恢斗がきちんと気づいたようで何よりだ」 「当然です」  不服そうな恢斗は、それから僕の腰に手で触れた。人前であるから、思わず照れそうになったが、僕は何とか表情を保った。 「仲睦まじい様子で良かったよ。今日は二人とも、私の隣で挨拶をしてくれるかね? 私も可愛い孫二人を紹介したくてねぇ」  そう言って笑った宝灘会長に、恢斗は異を唱えなかった。  食事会の客達が少しずつ姿を現した頃には、僕と恢斗は宝灘会長の隣で姿勢を正した。一人一人に挨拶をしながら、僕は顔と名前を記憶していく。今後、宝灘家の一員となるには、必要な事だと思ったからだ。恢斗の隣に立つというのは、そういう事だと思う。  ……御子柴先輩の事を、何度か思い浮かべてしまったのは、本当は先輩も、今の僕のように挨拶したかっただろうと思ったからかもしれない。  恢斗は僕が『運命』だと確信している様子だけれど、一体どこにそれを感じてくれたのかは、実は僕は、あまりよく分かっていないのだったりする。  そんなこんなで立食式の食事会のひと時は過ぎていき、僕と恢斗は宝灘会長に挨拶をしてから、用意されているホテルの一室へと向かった。恢斗が先にシャワーを浴びに行ったので、残った僕はソファに座り、夜景を眺めた。それからスマホを確認すると、二階堂からメッセージがきていた。 『バ会長とは順調か? 腐的な報告を期待する』  それを読んで、僕は思わず両頬を持ち上げた。順調だと返答すると、即座に返事があった。 『詳しく!』  恋バナと考えるとこれまで友人がいないに等しかった僕としては嬉しいけれど、相手は二階堂だ。自分自身で萌えられるのはご遠慮願いたいので、僕は無難にスタンプを返しておいたのだった。

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