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+ 傾国金色の鳥と眞黒の王 + 始まりの物語
禍々しいほど煌々と白く光り輝く大きな満月の夜。
「……おぎゃーーおぎゃーー!!」
力強い赤子の声が王宮の端にある塔の中で響いた。
代々の王妃の出産のためだけに建てられたその塔は王でさえも立ち入ることは許されぬ。見守るは天医と乳母のみであった。
丸一日あまりの辛き刻を経てようやくお子の誕生となった。
「……ひっ!」
乳母が口元を押さえ、くぐもった悲鳴を上げた。
「……子をこれへ……」
産みの苦しみからようやっと解放され、我が子の姿を見せよと王妃が命じる。
「……姫様は大きなお役目を果たされ大変お疲れにございます。まずはお休み下され……お目覚めになられてからゆっくりお子にお目通りを……」
「疾く、妾の子をここへ持て!」
震える乳母の言葉に不穏を感じ、産後とは思えぬ強い声で王妃は命じた。
「…………姫様……おいたわしい……」
赤子を渡すと乳母は床に落ち、泣き崩れた。
渡された子らは、どちらかが必ず殺される忌まわしい双子。
それだけではない……どちらの子もあるべきはずでない呪われた黒い髪をたたえていた。
王妃である麗黄妃 は静かな面持ちで両の手で双子を抱き、乳を与える。
「……なんという元気な王子達じゃ。生まれたばかりでこのように力強く母の乳を吸うとは……」
美しい紫の瞳からは涙が流れ赤子の頭に落ちた。
「……うぅ……うーーーー」
乳母は床に伏したまま嗚咽を漏らし続け、天医は立ちすくみ、ただ項を垂れるばかりであった。
王は銀の髪に碧の瞳。王妃は銀の髪に紫陽の瞳。生まれるはずのない黒髪の赤子が生まれたとなれば不貞とみなされ王妃はもとより生まれた王子、王妃の一族の命も全てはないものであろう。祖父や祖母の血により別の色の髪の子どもが生まれることは多々あるが黒い髪だけは許されぬ。貴族に黒は居ぬのだから。
「妾は決して不貞などしておらぬ。妾と兄王子の命を持って妾の貞節を示す。生まれた子は一人であった。弟王子はここより遠ざけよ。妾と兄が弟王子を守り必ずやこの国の王と成すであろう」
言うと王妃は胸につけていた紫尖晶 の首飾りを外して弟王子につけた。
「愛しき我が子よ。お前ばかり寂しくさせてしまうことを許しておくれ。だが母はいかなる時もそなたとともにあるゆえに……」
言うと赤子を天医に渡し、兄王子を抱きかかえ、王妃は塔の窓よりその身を投げた。
「姫様ーーーー!!」
乳母が止めるより早く王妃と王子の姿は消え階下より鈍い音が聞こえた。
「……お子はそなたにお任せいたします」
地に伏し長く嗚咽を漏らし続けたのち乳母は立ち上がった。
「……乳母殿!」
「生きてこの口があれば一族のために吐かねばならぬのです。わたくしは姫様のおそばに参ります。天医様。この婆の命と引き換えに生涯一度の不敬を申させて下さいませ。姫様は私の愛しい娘。そして子らは愛しい孫。わたくしと姫様、そして兄君が必ずこの子をこの国の王と成すでしょう」
頭を深く下げ王妃の落ちた窓より乳母も静かに身を投げた。
「……なんということ……」
天医の腕の中には生まれたばかりの弟王子だけが残された。
利発な顔つき。事を解しているはずもないがいつの間にか泣き止んでおる。その尊き姿を見やり天医である亜興 は頭を振り己を奮い立たせた。
「……亜藍 。おるな」
「……はい……」
天医の持ち込む多くの荷の中に息子の亜藍が忍び込んでいることを亜興は気づいていた。父の跡を継いで医師となる亜藍は新しい王子もしくは王女の誕生を見たかったのであろう。
「……ごめんなさい……」
おずおずと荷物の影より姿を現した。
「聞いておったな。良いか亜藍。そなたはここにおらぬはずの者。そなただけが王子をお救い出来るのだ」
まさか父上もと気付き息子は青ざめ後ずさった。
「王妃様、王子の命をお守りできなかったのだ。どちらにせよ生きられぬ。我がここより消えたとあれば、すぐに追手がかかりこの子を守れぬ。ほころびの芽はひとつたりともあってはならぬのだ。我も柱となり王子をお護りする」
齢十二。元服もしておらぬまだ幼き身にあまりの重責。天医の息子は恐怖に涙を流し身を震わした。しかし父には我が子を思いやる刻も、今生の別れに涙する刻もなく、それ以上の為さねばならぬ大義があった。
「ここにおったこと、そしてここにおるはずのなかったこと。それがそなたの星宿。よいな。その身生きながら焼かれようと王子をお護りせよ!」
父は素早く朋友である古寺の住職へ書をしたため、あるだけの金子と共に息子に渡し、赤子を多くの布で養生すると恐怖に震えただ涙する息子と共に荷の中に入れると塔の脱出口より落とした。
+ ++ + ++ +
あの時二人とも大きな怪我もなく無事でおうたことは奇跡であろう。
誰に捕まることもなく城外へ逃れられたこともまさに奇跡である。
子ども一人。兵士の目を逃れ、しかも赤子を抱えて城外に出るなど常なら出来うるわけもない。王妃様の自死により城内が大騒動になっていたからこそ成し得たことであった。
お言葉通り王妃様がお命をもって王をお守りしたのである。
あれより王は無事帰還され王と相成った。
常人ではなしえぬ辛き道のり……しかしやはり運命は我が王の上に光りを指し示したのである。
しかし我が君よ。今我は心底恐ろしゅうございます。
幼き王と共に山中に逃れ木の空 で山賊や山犬に怯え身を縮ませた時よりも……王が満身創痍で並いる荒くれ者たちと幾度も立ち会うた時よりも……。
どのような困難に遭い見えようと王のその強き心を、強き力を、強き運を疑ったことはありませぬでした。しかし我は今底知れぬ恐怖を感じるのでございます。
何をもにも決して負けぬ力強き王を身の内より打ち倒してしまうのではなかろうか……あの真白き妖魔が恐ろしゅうてなりませぬ。
窓より見ゆると城門を喰らうかのごとくの真白く大きな満月が見えた。
あの日と同じくなんと禍々しくも美しい……。
王よ……どうか聞き届けくださいませ。
あの金の鳥はあまりにも危うございます。
fin.
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