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+ 傾国金色の鳥と眞黒の王 + 婚儀の夜

 どんなに耳を塞いでも遮れぬ。  開かれた王宮の門戸からは多くの民と王の臣下が大挙し祝いの声を上げておる。城下でも催しや夜店などが立ち並び祭りの賑わいであった。  王の婚儀の祝いは後六日。  その間ずっとこの狂乱のような騒ぎが続くのであろう……。  公務も全て止まっており、我はこの奥の宮に一人籠っていた。婚儀への参列はお断りできたが近く王妃様のご尊顔を拝し祝いを申し上げねばならぬ。お子も誕生されれば祝儀も増えるであろう。  なにを気鬱になることがあろうか……これより更に国は盤石となり、偉大なる王は必ず平和な世を築かれるであろう。  しかし涙が止まらぬ……。  元々隷奴として連れてこられた身。奥の院を与えていただき、こうして生かされておるだけでも感謝せねばならぬというのに……この祝いの儀になんと不敬であることか……。   + ++ + ++ +   「先生ーーーー!」  誰ぞの声が聞こえてきよる。慌てて涙を拭うた。 「お休みのところ申し訳ありませぬ。お食事はされておられますか? お餅をたくさんいただいたのでお届けに参りました」  ここに通うておる春倖が両手に篭の中いっぱいに入った祝いの餅菓子を抱え、我の前に差し出した。多産を願う桃の形をしておる。 「……我は良いのです。土産に持ち帰るが良い」 「……ならばここで食べても良いでございますか? 食べたらすぐに帰りますゆえ……」  思い詰めたような顔をしておる。何か話したきことでもあるのであろうか……。 「今、甘茶を入れましょう」 「わたくしが入れます! 先生は動かずいてくださいませ」  我を止めると春倖は慌てて厨に向かった。 「何をされておられたのですか?」 「何もしておらぬ」  甘茶が我の前に差し出される。春倖は来年には一三の歳となりこの宮を離れねばならぬ今一番、年長の者である。 「お休みのところお邪魔して申し訳ありませぬ」   「何もしておらぬであったのだから構いませぬ」 「先生はいつもお忙しい身。このようにゆるりとされておられるところ拝見したのは初めてでございます」  言いながら春倖は餅菓子を我に差し出した。なのに我はそれを手に取れぬ。なんとも滑稽で頑ななことであろうか……。 「なかなかゆっくりお話できずにおりましたが、ここでお話しさせてくださいませ。わたくしは来年にはここに通えぬ身となります。王宮にお願いをし女官としてお勤めさせていただくこととなりました。全ては先生のおかげ。あのように見窄らしきわたくしを拾い上げ名を授けて下さり女官になれるまでの知恵を与えて下さりました。先生は全ての生きるよすがをわたくしに与えて下さりました。心よりお礼を申し上げます」  春倖は河原に打ち捨てられていたところを他の童達に拾われてここに参った。  痩せ衰え、背は低く骨と皮だけの瀕死の身であった。体には多数の傷あとがあり、口にはせぬがそれまで、どれほどの惨き目にあい、挙句打ち捨てられておったのか。せめてこれからの生がずっと春の暖かき日のように幸せであれと春倖と名付けた。 「もったいなくも、わたくしのような者に天医をお呼びいただき命をお救いいただきました」 「我よりの恩恵ではない。童達の機転と王の寛大な施しゆえのこと……」   「先生の童達への教えと愛情が繋がりわたくしの命があるのです。ここを去る前にどうしても言いたきことがあるのです! 大恩ある先生に不敬を申すことをお許しくださいませ。先生が日々、多くの命を繋いでくださっておる尊きであられることを知っていただきたいのです。このように皆に優しきであるのに先生は自らにはまったく優しくありませぬ!」  春倖は声を上げ涙をこぼした。 「春倖」 「先生は自らを軽んじておられます! 先生が居ねば嘆き悲しみ困る者が多くおることを知っておいてくださいませ!」  なんとこちらが心配されておるとは……。  なんと未熟な我が身であろう。そして春倖はなんと情深い女人に成長したことか。 「我を心配してくれておるのですね。なんとも優しき心根、真に嬉しゅう思います。これよりしかと心得ましょう。しかし我ばかりではない。そなたも同じである。己の身を何よりも大事にするのですよ」  取った手の甲には惨き傷跡。春倖は我と同じ痛みを持っておる。酷く扱われた者が自らを尊きと思うのは難しきこと。女子(おなご)の身であれば我よりずっと辛うことであろう。 「心より愛しき方に巡りおうまで、我が身を大事にお勤めに励まれよ。王宮でそなたの健な姿を拝するのを楽しみにしておる」 「ありがとうございます」  涙を讃え春倖は微笑むと、邪魔をしすぎました。と宮を去った。  心も姿も美しゅう娘になった。  必ずや幸せな生涯を送るであろう。    ……そうせめて我は我のできることをせねばならぬ。  我には童達がおる。貧しく惨きめにおうても皆優しき美しきである。このお務めが我の心の慰め。生きていく縁となっておる。あのように純粋な子らが我を頼うてくれるのが何よりの幸せである。     『皆、偉大なる王と王妃を讃えよ! 御身のもとで永久の平成の世を!』  ドォーーーーン! と大きな銅鑼の音が聞こえ、その後地響くかのごとくの臣と民の歓声が聞こえた。 「眩子様……」  なのに……賑やかしき声が再び聞こえてくると体が動かぬ。  立ちすくんだまま、すぅ……と、再び涙が流れた。 「我は御身をお慕いしておりまする……」  決して伝えること許されぬ……穢らわしき醜き心持ちでありまするが……。                         了    

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