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+ 傾国金色の鳥と眞黒の王 + 重き星宿

「芳玉様はなにも悪うございませぬ。どうぞ至らぬわたくしをお叱りください」  慌てた様子の童達に呼ばれ何事かと庭に行くと頬を打たれたのであろう左頬を真っ赤にした淑花が地に臥し我の前に頭を下げた。 「まだそのようなことを申すか!」  そばで仁王立ちになっておった芳玉様は淑花の後ろ髪を掴み小刀でざくりと切り地に蒔いた。美しい亜麻色の髪がはらはらと地に広がる。 「どうじゃ金華これでも妾は正しきか?」  我に向かい咆哮す痛ましき姿。泣いておらぬが泣いておられる。真、傷ついておるのは芳玉様の方であろう……。  我を見上げ強き瞳で決してお顔を逸さぬ芳玉様のそばに寄る。未だご自分の荒ぶる魂を御する術を知らぬそのいたいけなその尊き御身。  すぅ……と息を吸い整え、てのひらで、そのお顔を力の限り打ちすえた。芳玉様の体は宙を舞い地に落ちる。  いかに我が非力であれどおのこである。  八の歳になったばかりの芳玉様の小さなお体になんと痛ましきことであるか……。    童たちは静まり返り様子を見遣っておる。芳玉様は呆として地に座したままであった。 「淑花すまぬ」  地に臥し震えて涙するその細き体を抱きしめた。 「雲志よ、淑花の手当てをして家まで送っておくれ。髪は切り整え絹布を被せるように。淑花の母上様にはくれぐれものお詫びを申し伝えよ。我よりも日を改めお詫び申し上げる」 「……は、はい!」  我の願いに、年長の雲志は慌てて淑花を連れて奥に向かった。 「芳玉様はこちらへ」  言うとすくと立ち上がり打たれた頬を摩りながら我の後をついて来られる。 「そこにお座り下され」  屋敷に入り向かい合わせに座る。 「髪は女人の命である。何ゆえあのように惨きことをなされました」 「……何もせぬからじゃ!」 「何もせぬとはいかなことでございますか?」 「妾が淑花に無体をしてもなにも申さず畏まるばかり、淑花だけではない! みな同じじゃ! なにをしても皆、妾を薄氷の如くに扱い、怯え何を申しても白面をつけて薄ら笑う! 父上様のせいじゃ! 父上様が妾を跡目にするなど無体なことを言うからじゃ! それより妾は人にあらぬ!」  惨きこと……幼きも、その賢き澄んだ瞳は、なにをも見通されてしまっておる。   「仕方ありませぬ。芳玉様は次代の国王であられるのですから……」   「そのようなもの要らぬ! 兄二人もおうて何故女人の妾がこのような惨き責を負う!」  芳玉様のお言葉は誠、正しき。しかし我は惨きこと申し上げねばならぬ。 「人にはそれぞれ生まれいでた時より定められておる星宿がございます。生まれ出でたのみの赤子は何の罪も背負ってはおらぬ同じであるはずであれど、ある家の御子は多くに祝され暖かき母の胸に抱かれ乳を吸い、ある家の御子は貧しきゆえに弑されることもある。淑花はここを頼るまで母上様と共に貧しきゆえ三日に一度粥を口に出来れば良い有様であったとのこと。明日をも知れぬ、つらきの中、母上様とふたりきり互いの身を案じ、固く身を寄せ合って生きておったのです。そのような者が自らの行いのせいで大事な母上様の身にも災い及ぶのではと案じるのは(ぜん)(ことわり)。おのれのみが辛う辛うと星宿を嘆くだけにあらず、恵まれた強き刃を持って他を傷つけるなど、この度ばかりはお父上様のお見込み違いであられたようでありますな……」  大きな瞳が悲しきに揺れる。幼き御子に惨き説法である。 「おのれ! 妾を愚弄するか! 妾は悪うない! 悪うのは父上様じゃ!」    ぶるぶると小さな手で小刀を持ち震わす。皮肉にも帯刀が許されるのも王女様であればこそ。親しき愛しきを切り刻んでも、まずその御身を守らねばならぬ惨き宿命。 「気の済むまで我を打ち据え、この髪をお切りになるがよい。我はこの国に連れて来られし隷奴。王女である御身より我の命などそこらにおる虫と同じ程度の物でございます。御身は何をしても許される尊き身。その強き剣を振り翳し皆を傷つけ、しかし何をも残らぬことをとくと知るが良いのです!」 「黙れ! 黙れ!」  惨き問答にも決して涙を見せず我より目を逸さぬ。眩子様のお見込み通りあまりにも芳玉様こそが強き器であられる。 「強き者、富める者はその強き刃で弱き者を傷つけぬよう優しくなければなりませぬ。そしてこの国の一番の強き剣を持っておられるのはこの国の王であられるお父様、それはいずれは御身の物となりまする。誰よりも強きゆえ、誰よりも正しく、優しくなければなりませぬ。強き剣が自らを傷つけるものにあらず優しく守うてくださる尊きであると知った時、皆は恐ろしゅうを忘れ、心より感謝し親しきを持つのです。芳玉様はそれが成せる器にあられます。決して憎きではありませぬ。愛しき尊きであればこそ芳玉様の他になしと父上様は他の誰でもあらず御身をお選びになったのでございます」    震えるその小さな御身を抱き締める。何を例え、(ことわり)を申そうともあまりに重き辛き責である。落ち着くまでとしばらくそのままでおると、後ろより、がたがたと忙しなく扉開く音が響き数名の兵が部屋に入って来られた。 「芳玉様はこちらへ」  芳玉様と我を隔てると、我れの身に縄が掛けられる。 「何をしおる! 無礼者! 金華を離せ!」  芳玉様が我に縋り寄り兵を恫喝されたがすぐにその身は引き剥がされた。 「この者は王の御子である芳玉様を公然の場に置いて打ち据え侮辱せし大罪人でございます」 「金華は罪人などではない! 妾が構わぬと言っておるのじゃ! 手を離しおれ! 王女である妾の命が聞けぬのか!」 「我の主はお父上様であられます。この者の罪は重く明日の朝には処刑となるでしょう」    + ++ + ++ +   「このようなところで何をしておる」  昏き牢の中ぼうとして座っておると重き扉開く鈍き音がして明かりが入る。顔をあげると格子越しに我を覗き込んでいる愛しきお顔が見えた。   「命絶たれるのを待っております」 「まったく、この鳥は、まれに恐ろしいの」  呆れられたお声と共に、我の目の前に髪の束が投げられた。これは……。 「芳玉のじゃ。我に縋り付き、自らが悪い。何をもするから、そなたの命救うてくれと差し出してきおった。あやつがあのように泣く姿を見たのは赤子の時以来じゃ」 「なんと……惨きこと。申し訳ありませぬ」  その艶やかな眞黒なお(ぐし)を手に取り胸に抱き締める。真、惨き行いをしてしもうた。 「屋敷に戻るぞ」 「それはなりませぬ。我の行い易く許されることではありませぬ。せめて暫くここに置いてくだされ」 「全く変わらず頭の固いことであるな」 「眩子様はお戻り下され。尊き御身がこのようなところにおってはなりませぬ」 「そなたが帰ると申すまで我もここにおる」  そのまま格子に寄りかかり我に背を向けて座られた。手を伸べると大きな背より暖かきが伝わってくる。 「王女様のお顔を叩いたことお詫び申し上げます」 「構わぬ。童たちと同じよう扱えと命じておるのは我じゃ」 「芳玉様はその小さき御身にあまりに重き責を負っておられます。これより更に大きゅうなるお役目に耐えうる芯を成せるよう、そのお心が折れぬようお守りせねばなりませぬ」 「許せ。我も兄たちも重きを背負わせておる後ろめたさゆえ芳玉には甘すぎおる」 「あのように愛らしき王女様であれば然のこと。父上様方はただ愛しきであることをお伝えくだされ。鬼のお役目は我が成しまする。なれど我を拘束させしは眩子様でございましょう」  掛けられし縄は緩くまこと我を縛するとは思えずであった。 「やはり気づいておったか……少し懲らしめるつもりが、あのように取り乱すとは芳玉には悪うことをした……しかし、ただひとつ許されぬことがある……」  眩子様の低きお声にぞくりと怖気立つ。やはりお気に触ることがあったであろうか……。 「そなた自らを隷奴だと申したそうだな」 「……申しました……」 「そなたは我が神の宮の主。王の子等の後見、そして王である我の愛しきである。己であれど自らを卑下するのは許さぬ」 「……申し訳ございませぬ」  格子より差し伸べられた大きな手が我の手を強く握る。  お叱りを受けておるのに嬉しくてならぬ。  暖かく我を包むその手を強く握り返した。  「やはり待てぬ。ここを開けい!」  王の大声(たいせい)に門番の兵が慌てて近寄り来ると牢の錠を開けた。強き腕が我が身を引き上げそのまま抱き上げられると牢より連れ出される。 「……」  耳元で囁かれた王のお言葉に身の内が熱くなり逞しき胸元に顔を隠した。 「……それは罰とはなりませぬ……」                               了。    

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