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第21話
「速度安定。視界良好。レベルオフ、オペレーションノーマル」
操縦桿を握るのは久し振りだが、問題ない。体が覚えている。
ベルリンまでの移動距離9132km
隼の性能だと約18時間必要だ。
「世界大戦中は18時間かけて、同盟国のイギリスに補給物資を運んでいたのか。凄いな」
「そうですね。往復36時間です」
「24時間を超えてしまう。ニホン軍はブラック企業だね」
「全くです。なので補給部隊は、主に真兵で構成されていました。……といっても、俺の場合は射撃強化で……
真兵は強化兵ですが、耐久性や忍耐は誰も強化されてないんですけどね」
「ごもっともだ」
笑みが漏れて、和やかな空気が機内に漂った。
「でもイギリスに着いた時は、時間をちょっと得した気分でした」
「時差だね」
「はい」
ニホンとイギリスとの間には、約8時間の時差がある。
ニホンが13時なら、イギリスは同じ日の朝5時。
「ニホンとドイツの時差も8時間だ。楽しみにしておいで」
「えっと……それは?」
「ドイツに到着したら、時間を遡って若返った私に惚れてしまうかもね♪」
「フフ。じゃあニホンに戻ったら、歳をとっちゃいますね」
アァっと飲み込んだ悲鳴が、後部シートから聞こえた。
「君はいつから、そんなに意地悪になったんだい?」
「大佐が変なニホン語ばかり覚えるからですよ」
「ニホン文化を理解しようとする純然たる努力を、そんなふうに捉えないでくれ」
フフフッと笑う。
釣られて大佐もフフフッと笑った。
「軍部には話を通している。ドイツまでは安全に航行できるよ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方だよ。この短時間でよく手配してくれたね」
「軍の知り合いを手当たりシダを手当り次第に掛け合いました」
Ω性の真兵は忌避される存在だが、それでも公正に接してくれる人は何人かいる。
「たまたま役目を終えて、民間に引き渡される軍用機があって」
「この隼―改だね」
「はい。元々偵察用の哨戒機として使っていたんですが、もう少しで解体されて、部品になるところでした。
機銃は取り外されてますし、機体もオンボロですが整備は万全です」
「うん。君のパイロットとしての腕も、ニホンの技術も信頼している。でも疲れたら操縦を代わるんだよ。気流も安定しているから、少しなら私でも大丈夫だ」
心遣いに胸があたたかくなった。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
だけど……と、大佐が溜め息をつく。
「お礼のキスができないのは辛いね」
「なッ」
ここは軍用機で狭い機内だ。
「でも君は小さいから、どうだろう。私の膝の上に乗って操縦するというのは?」
「大佐っ!降ろしますよ」
「照れて可愛いね♪」
そうじゃないィィ〜
これが、お国柄の違いというものなのだろうか……
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