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夏休みも終盤に差し掛かった頃、桐野と芹沢はプライベートでも遊ぶほど仲が良くなった。映画を見たり、買い物や食事をしたり。たまにVアールができるゲームセンターに行くなど、大学生の延長のような遊びをしては週末にストレスを発散した。今日はずっと行ってみたかった新しくできた焼き肉屋で昼飯を食べた後、喉が渇いたついでにオープンカフェでお茶を飲んでいる。その後は、芹沢の家へ初めて行き、適当につまみを二人で作りながら酒を飲む予定だ。芹沢は何も言わないが、このまま芹沢が桐野の家へ行きたいという流れになってもおかしくないだろう。でも、それは困る。都内の高級住宅街に桐野の家はある。そんな所に芹沢を連れて行ったら、自分がアルファだということが一発でばれてしまう。それだけは絶対に嫌だった。
本当は一人暮らしがしたかったが、両親は自分が教師になることを許す代わりに、それを受け入れてくれなかった。独り暮らしは生活習慣が乱れるし、どこの馬の骨とも分からない女性にたぶらかされるような危険性を回避するため、目の届く場所に自分を置いておきたいという理由からだ。
子離れできない親ほど鬱陶しいものはない。というか、それとも微妙にニュアンスが違う。ただうちの両親は、自分がこの家の栄華を絶やさず順当に跡を継いでくれさえすればいいのだ。自分という人間になどに興味はないし、人格などどうでもいい。ただ素直に親の言いなりになる子が親に取っての良い子なのだ。特にアルファの家系はその時代遅れな考えが、胸糞が悪くなるほど顕著だから。
芹沢が自分の正体を知ったら、ここまで築き上げた二人の関係は一瞬でパアになるだろう。桐野が自分の正体を隠していたことは芹沢に大きな不信感を与える。後悔しても既に遅いが、そのせいでお互いの信頼関係が崩れてしまう可能性は大きい。
ベータの人間の中でも、芹沢のように人格的にも見た目にも秀でた人間はもちろんいる。うちの家系にもそんな優秀なベータの人間がごく稀にいる。でも、そのベータの人間は、両親のどちらかがアルファであることが暗黙の了解になっていて、純潔なベータは初めから眼中にない。その目に見えないアルファとベータの壁に、二人はすぐに阻まれてしまうだろう。多分、芹沢の方から、桐野から離れようとすることは容易に想像がつく。
怖い。芹沢との関係を失うのがこんなにも怖いなんて。
「どうした? 怖い顔して」
芹沢がアイスティーのストローを口にくわえたまま、桐野を上目遣いに見つめてきた。
「え? ああ、別に」
桐野は慌ててそう言うと、残り僅かのアイスカフェオレのグラスに目を落とした。
「なあ、これからどうする? 俺本屋に行きたいんだ。前から欲しかった指導書が入荷したって連絡来たから」
芹沢はアイスティーを勢いよくストローで飲み干すと、テーブルに置いてあったスマホをポケットにしまった。
「ああ、いいよ。なあ、その指導書ってどんなやつだ?」
「え? ああ、何か最近流行りの指導方法が載ってるやつだよ。生徒たちが俺の授業にもっと興味を持ってもらえるようにしたいからね」
「へ~、偉いな。芹沢先生は。俺も見習わないと」
念願の教師になれたことを、芹沢はとても幸せだと以前桐野に言った。その喜びが情熱となって確実に仕事に生かされていることに、桐野は密かに尊敬する。この男の教育に対する真摯な姿勢に、自分も頑張ろうと素直に思えることが嬉しい。
「さてと、行こうか」
芹沢はそう言うと、伸びをしながら立ち上がった。
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