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 本屋に寄り指導書を買い、そのままスーパーに行き酒と食材を買い込むと、芹沢の住むアパートへと向かった。アパートは駅から割と近いところに存在し、近くには商店街があるなど、とても生活しやすそうだった。部屋の造りはダイニングキッチンとその奥に6畳の寝室がある。中々良い部屋だと桐野は感心しながら、部屋の中をぐるっと見渡した。  芹沢はすぐ流しで手を洗うと、早速つまみ作りに取り掛かった。料理が上手なのかその手際の良さを伺える手付きに目が奪われる。 「はい」 「え? 何?」 「あとはお任せ」 「は? 何それ」 「今日は桐野先生が作ってよ。俺毎日自炊してるから、今日ぐらいはやりたくない」  芹沢は桐野に振り返ると、甘えるように首を傾げながら言った。多分本人には自覚がないのだろうが、中々の危険な愛嬌を振りまいている。 「無理だよ。俺料理したことないもん」 「え? そうなの? 桐野先生ってまさかのお坊ちゃん?」 「え?……」 「ん? 何? 俺なんか変なこと言った?」  桐野は芹沢の言葉に不自然に体を強張らせた。冗談で言っているのは分かっているのに、そんな言葉にこんなにも動揺するなんて、本当に自分はどうかしている。 「ま、まさか、面倒なだけだよ」 「いいな。桐野先生は。俺なんか、このアパートの家賃結構高いから節約しないときついんだ。奨学金も毎月返済してるからね。だから否が応でも料理ができるようになったんだよ」  芹沢は少し投げやりにそう言うと、「しゃーないな、俺が作るしかないか」と言いながら、まな板の上でチヂミに入れるニラを刻み始めた。 「俺も手伝うよ。何すればいい?」  桐野はそう言うと慌てて手を洗った。 「じゃあ、ボールにチヂミの元と水と卵入れてかき混ぜて」 「卵? 俺卵割ったことないんだけど」 「ええ? マジ? 桐野先生やっぱお坊ちゃんだろう? 家には何でもやってくれるお手伝いさんでもいるのか?」 「は、はは、いるわけないだろう?」 「本当に? まあ、お手伝いさんがいる家なんてアルファの家ぐらいだろうけどさ。なあ、今度は桐野先生の家に行きたいな」 「だ、駄目だ!」 「え? 何?」  芹沢はニラを刻む手を止めると、桐野を怪訝な顔で見つめた。 「だ、駄目だ。う、うちには寝たきりの祖父がいるから、ひ、人が来るのを嫌がるんだよ」 「何だよ。びっくりした。何怒ってんのかと思ったじゃん。そんな理由なら行かないよ」 「ご、ごめん……あの、卵割ってくれないか?」  桐野は恐る恐る芹沢にそう言うと、卵を差し出した。 「はっ、ったく、教えてやるよ。ほら、こうやって固いとこに打ち付けて、ヒビが入ったらそこに両親指を入れて……」  桐野は、自分に卵の割り方を丁寧に教えてくれる芹沢の綺麗な手を見つめた。何故だろう。芹沢にうちに来ることを断ることができた安堵で、桐野は今もの凄く幸せな気持ちでいっぱいだ。こんなのその場しのぎの嘘だと分かっているのに、桐野は今この瞬間が本当に楽しくて堪らない。 「ほら、やってみい」  桐野は芹沢から差し出された卵を受け取った。  不器用な手つきで初めて割った卵は、粉々になった殻が混じった潰れた黄身が、ボールの中で黄色く艶めいていた。  

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