19 / 29

第19話

「……ぁ、……ぅ……」  随分長い時間、リゼロンは耐えたと思う。達したばかりで辛い身体を責められ続け、涙さえ流し声を堪えていたのは最初ばかりで、次第に悲鳴にも似た嬌声を上げ快楽に溺れていった。それでも矜持なのか恐れなのか、長い時間理性を手放さなかったから苦労をしたけれど。  ようやく、薬に負けたようだ。ベッドにくったりと沈んだリゼロンは虚ろな瞳で浅い呼吸を繰り返している。ここまでくれば、後は質問に容易く答えてくれる。そうは思いながらも、レオーネはそんな彼の姿に罪悪感を覚えていた。  ここまでして隠そうとしているものを、暴くのだ。レオーネは一つ溜息を吐いて覚悟を決め、リゼロンの身体を抱き起した。 「ぅ、……っ、ぁ、れおーね……っ、あ、ああぁあ……っ」  座ったまま抱き合う形になり、リゼロンの身体を貫く。疲れ果てているだろう彼はそれでも声を上げて仰け反った。その背を撫でてやると、甘えるように頭をレオーネの肩に押し付けて来る。もう制止も抵抗もせず、ただ全てを甘んじて受け入れていた。力無い腕は縋るようにレオーネの背に回っているばかりだ。  その姿が哀れで、レオーネはその額に口付けを落とした。ようやくここまできたのだ。聞くべきことを聞けたら、楽にしてやらなければ。リゼロンの身体は薬のせいか、こうなってまで熱を持っているのだ。 「リゼロン、……質問に答えれば、次で終わらせてやれる。答えてくれるか?」 「ぅ……」 「……お前は、……俺の他にこうして身体を許したことはあるのか?」  尋ねて、レオーネは狼狽した。一体何を聞いているのか。こうまでして知りたかったことは、もっと他のことのはずなのに。 「……それは……答えにくい……」  レオーネの肩に顔を寄せたまま、リゼロンが小さく答える。熱を持ったまま受け入れている彼は、耐えるように呼吸を繰り返していた。その背中や髪を撫でてやりながらも、「答えにくい?」と首を傾げる。 「どういう意味だ。是か非かの二択だと思うが……」 「……アレが、そうだというなら、そうなのだろうし……そうでないというのなら、そうではない……」 「アレ……とは、なんだ?」  尋ねると、リゼロンは息を呑んで、それから震える声で「おそろしいこと」と答える。その身体が強張り、手がレオーネの体に縋る。その様子にレオーネは気付いた。  リゼロンがうなされていた夢の内容と、同じことを指しているのではないだろうか? 「リゼロン、それはどんなことだ、教えてくれるか?」 「……っ、い、いやだ、こわい、お、思い出したくない、こわい、こわい……っ」  ぎゅうと抱き着き、子供のように怯える姿に、レオーネは思わず彼を抱き返す。要求すればきっと答えるだろう。真実を知るためにしているのだから、問い詰めなければ。そう思うのに、レオーネはどうしても口を開けなかった。  あの、いつでも優雅なリゼロンが。こんなことをしているレオーネにさえ怯えたりはしない彼が、これほど恐れている。それを、暴き思い出させていいのだろうか。  エルフは不老不死、すぐに肉体の傷は治る。しかし、その心は? ひどくうなされ、震えるほど怯える彼の、精神は?  レオーネは長い時間沈黙した後に、リゼロンの顔に優しく口付けを落とした。 「すまない、大丈夫、話さなくていい……。大丈夫、怖いことは何も無いから……」 「……っ」  背中を撫でてやれば、安心したらしい。その身体から力が抜けていく。代わりに、質問を変えた。 「それは……お爺様に……、ダヴィードにされたことか……?」  恐る恐る尋ねる。もし祖父がそのようなことに及んでいたのなら、と考えると寒気がしそうだったが、幸いなことにリゼロンはすぐ首を横に振った。 「ダヴィード様は私を、悪夢から救ってくださった……」  どうやら、父の言う通り祖父はリゼロンの恩人で間違いないようだ。その事に胸をなでおろしつつ、今度はもう一つの疑惑が頭を過ぎる。今ならば率直に聞けば返してくれるだろう。 「では、お前はダヴィードの何だった?」 「……何、とは……」 「妾、だったのか?」 「……いいや。そのようなこと……あるはずもない……」  リゼロンが小さく苦笑する。すり、と首筋に顔を埋めてきたので撫でてやると、続きを口にした。 「ダヴィード様は、お優しい方だった……。……だからこそ、私の気持ちにも気付かず、振り向いてもくれなかったのだ……」 「じゃあ、リゼロンはお爺様を……?」 「……気の迷いだよ、恩義と慕情の区別もつかない時期が有った、ただそれだけのこと……」  全ては終わったこと。そう言い捨てるリゼロンの声は、しかしどこか寂しげにも聞こえた。それはもう祖父がこの世にいないからかもしれないし、それだけではないかもしれない。しかし、レオーネはそこにあまり踏み込む気にはなれなかった。  リゼロンの身体の熱が上がってきているのを感じる。これ以上長々と話しても、彼が辛いだけだろう。質問を絞らなければ。 「お前が森に隠れているのは、その……恐ろしいことのせいか? それから逃れるため?」 「ああ……」 「俺の母のことが有っても、出られなかったと」 「……そうだ」 「では、……あの日から、俺を拒んだ理由は」  遂に確信に触れる。その質問に、リゼロンはゆっくりと顔を上げた。その蒼の瞳が、熱に潤んで揺れている。どの程度意識が有るのかもわからない、まるで夢を見ているような様子の彼は、それでもぼんやりとレオーネの目を見つめて答えた。 「そなたを、守るためだ……」 「……俺、を?」  その可能性を考えなかったわけではない。だが、これまでは情報が少なすぎた。あらゆる可能性が捨てきれなかったが、そうだと断言された今なら、推測もできる。  確かにそうであれば、前触れも無く突然レオーネを拒絶する理由にはなるだろう。だが、一体「何」から守ろうとしたのか。  重ねて問えば、リゼロンは少々時間をかけながら答えてくれた。  別れの日の数日前。レオーネは野盗に襲われていた。しかし不可解だったのは、彼らが最初から「指輪」を狙っていたように思えることだ。それについてはレオーネにも覚えが有る。彼らはレオーネの鞄を荒らして「そこには無い」と思い、服を脱がせて指輪を奪ったのだから。襲った理由そのものが、あの指輪だった可能性がある。  なら、どうしてなのか。ただの物盗りだったのなら、まだ良い。だがもし、リゼロンを追って来た者が、何らかの手がかりを掴んでしまったのだとしたら。そう考えると、たまらなく恐ろしくなったのだという。己の身も勿論だが、レオーネのことが。  そうまでして追い続ける人間が、次に何を考えるかわからない。指輪を奪われた時だって、危害を加えようとしたのだ。今度こそレオーネが殺されるかもしれない。そう考えると恐ろしくてたまらなかった。  それでも、彼を守るためにでも森を出る勇気が無い。かといって、レオーネをいつまでも森に引き止めるわけにはいかない、彼は自分とは違い人間なのだから。リゼロンは悩んだ末に、一つの決断を下した。  レオーネだけが霧の森に入れるから狙われたのだ。ならば、また誰も入れぬように戻せばいい。そうすれば、レオーネが狙われることは無くなるに違いない、と。 「……馬鹿な」  レオーネは首を横に振った。 「ならどうして俺にそう言ってくれなかった、説明してくれたら、俺だって……!」 「説明しても幼いそなたにはわからないと思ったのだ……。大丈夫だと私を森から出そうとするかもしれぬ、あるいは足しげく私の元へ来ようとするかも……だから、何も語らずそなたを疎んだように演じた、そうすればそなたも二度と私の元へ来ようとはするまいと……」  そう言われてしまえば返す言葉も無い。子供の頃、どれだけリゼロンに好意を寄せていたかを思い出せば、そうなってしまうことは想像に難くなかった。  だとしたらそれは。 「……全ては私の招いたことだ、そなたは何も悪くない……」  レオーネの考えを読み取ったように、リゼロンが目を伏せる。全てがレオーネの為を思ってやったことだったなら、それを恨み続けた自分が酷く愚かのように思えた。しかし、リゼロンはあくまでレオーネを責めはしない。 「森を出る勇気が出なかったのも、説明をしなかったのも、私の罪……。そなたは私の業に巻き込まれたにすぎぬ、本当に、すまなかった……母のことも……本当に……申し訳無いことをした……。愛するそなたを苦しめてしまったこと、どうやって詫びていいかもわからぬ……こうしてそなたのしたいようにさせる以外に、私に何ができようか……」 「…………」  レオーネは何も言わなかった。言えなかった、が正しいかもしれない。あれほど知りたかった真実が晒され、どうにも考えに整理がつかない。言葉に迷っていると、リゼロンがぎゅっと抱き着いてきた。ああ、そうだ。解放してやらなければ、辛いだろう。  そっとリゼロンの腰に手を回し、小刻みに揺すってみる。耳元で「ぁ、あ……っ」と甘い声が響く。なるべく早く終わらせてやろうと、次第に動きを大きくすると、リゼロンはレオーネの首筋に顔を埋めて鳴いた。 「あぅ、あ、っ、レオ、……ネ……ッ、」 「リゼロン……っ」 「……ぃ、……っレオーネ、……っき……」 「……?」  喘ぎ声の合間に、リゼロンが何かを伝えようとしているような気がする。一度動きを緩めて、「なんだ?」と尋ねると。  リゼロンが途切れ途切れに、しかし確かに答えた。 「……そなたが、好きだ、レオーネ……」  その言葉にレオーネは目を見開いた。

ともだちにシェアしよう!