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【月欲】古いカメラ
堤が拠点としているマンションとやらに来るのは、二度目だった。月郎はキョロキョロと部屋を見まわす。生活感のない部屋には家具はあまりなく、二十年間で集めた資料が保管されている。
(俺が居ない間、ここに居たのか……)
アパートに帰っている様子がなかった堤は、このマンションを拠点としていたらしい。存在は知っていたが、思い出しもしなかった。結果として堤の元に大手を振って帰れるようになったのだから、文句はないのだが。
「悪いな、手伝ってもらって」
月郎にそう言って来たのは、月郎の「兄」であった白岡明伸の息子、佐竹だ。佐竹はすっかり黒く戻った髪を掻き上げ、段ボールをリビングに運び込む。
「ええよ。暇やったし」
「康一が来られれば良かったんだが、忙しいらしくて」
堤、佐竹の幼なじみである赤澤康一は、仕事で来られないらしい。それもそうだ。本日は平日で、普通のサラリーマンをしている康一が来られるはずはなかった。康一は月郎の弁護士を担当してくれた男だが、普段は会社員をしているらしい。堤の周囲は変な奴が多かった。
「しかし、何を整理するって?」
堤も首を傾げながら問いかける。堤一人では厳しいということで応援に来た月郎だったが、詳しい内容は聞いていない。
「集めた資料は色々とヤバイ内容が多いから、保管しておこうって決めただろ。それ以外にも結構、親父の私物があってな」
「ああ――」
聞けば、白岡の事故死以降、関係なさそうなものもすべて保管していたらしい。事件解決し、重要なものは残して無関係なものは処分することを決めたそうだ。さすがに全てを保管しておいても仕方がない。その選別を手伝ってくれということらしい。
(白岡さんの私物、か……)
白岡のものというのは、なかなか複雑な想いがあった。白岡は関西出身の男だが、東京に出て来てからはこっちで家族を作ったせいか、私物のほとんどを東京に持ってきていたらしい。確かに、月郎が関西で痕跡を探そうと思った時も、拠点にしていたのはマンション一つだけだった。そのマンションも、白岡の死後すぐに柏原によって解約されていたが。
「くっそ多いじゃねえかよ。終わらねえぞ」
「まあ、今日明日でなんとかしようとは思っていないさ。変なもんも多くてさ。欲しいものあったら持って行って良いぞ」
「欲しいもんって言われてもなぁ」
堤はピンと来ない様子で、渡された段ボールを開く。佐竹は別の段ボールを持ってきて月郎に渡した。
「こっちは服だな。うわ、派手。こんなん着てたっけ?」
「こっちは時計が入っとるわ。高いもんやろ」
箱を確認しながら、白岡が着道楽だったと思い出す。良い服やアクセサリーを身にまとって、女を良く連れていた。そんな男が選んだ女が佐竹の母だ。佐竹の母親は萬葉町近くの病院に勤める看護師だったらしい。ヤクザと結婚するようなタイプではなく、地味な女だったというので月郎は不思議だった。どんな馴れ初めだったのか、どんな家庭だったのか聞いてみたかったが、その人はもう居ない。
「お。本だ。そういや、俺が本読むのって白岡さんの影響だったわ」
「そうなんか?」
「そ。何か、カッコよかったから」
笑う堤の横顔に、吊られて口端を上げる。可愛いところもあるものだ。
堤がパラパラと本を捲る。中から、何かが落下した。
「ん?」
「写真や」
落下した写真は三枚ほど。一枚は、赤子を抱く女。恐らく、佐竹が生まれたときの写真だろう。もう一枚は学ランを着た少年らが三枚ほど写っていた。
「これ、まーくんか?」
「うわ。ヤバ」
堤と、佐竹。もう一人は康一だろう。高校の頃の堤が今も変わらぬ茶髪だったので、月郎は思わず笑ってしまった。
「なんや、昔から悪ガキやったんやな」
「うるせえわ」
「もう一枚あるな?」
そう言い、落ちた写真を拾う。その写真を見て、固まった。
「――」
固まってしまった月郎に、堤が「どうした?」と言って写真を覗き込む。
「――え。これ」
この頃月郎は、痩せていて背も低く、中学生だというのに小学生くらいに見えたものだ。白岡に無理矢理カメラを向けられ、不機嫌そうに睨み返している。その手には、しっかりアイスが握られていた。
『ほら月郎。こっち向け』
『なんや。カメラ買うたからって。何が面白いねん』
『アイス買ってやったやろ。こっち向け。笑って』
急に思い出が引き寄せられ、あの熱い夏の日を思い出す。
堤が横から、写真を取って行った。
「これお前か!? 何だこれ。犯罪だろ、犯罪!!」
「は?」
騒ぐ堤に、段ボールを運んでいた佐竹も写真を覗き込む。
「はー。こりゃ、なかなか危険な匂いの少年だな」
「言い過ぎや」
気恥ずかしくなって奪い返そうと手を伸ばしたが、堤は返してくれない。
「お前、今も結構アレだけど、昔はもっとヤバかったなぁ……」
「アレってなんや」
月郎の危うい色香を、堤が変に騒ぐので恥ずかしくなる。自分は美少年ではないが、何処か人を狂わすらしく、そういう一面は自分に災いとなって跳ね返った。月郎にとってはあまり面白いものではない。
「お。カメラもあるじゃん。さすがに電源は入らないか」
「どこかに充電器もあるかもな」
「データは?」
「ヤバ。コンパクトフラッシュだ。懐かしい」
記録媒体はコンパクトフラッシュだった。まだSDカードではなく、記録媒体が混然としていた頃のカメラだ。メモリも512MBしかない。
「これパソコンで見られないよな」
「変換器とかあるのかね。瑞希が詳しいかな」
「じゃあ瑞希ちゃんに渡してみてよ。何か写ってるかも」
メディアはカメラごと佐竹が預かることになった。もしかしたらまだデータがあるかもしれない。そこに月郎は写っていないかもしれないが。
「何か、見るのが怖いような楽しみのような、複雑な気分やな」
「そりゃ俺もだ」
堤も同じらしく、同意する。
「お前ら、思い出に浸ってばかりだと進まないぞ」
「へいへい」
佐竹に促され、月郎たちは再び作業へと戻って行った。
後日、瑞希から復元したというデータが渡された。解像度の低いぼやけた写真は、2枚だけであとは撮影に失敗したらしいブレた写真だけだったらしい。カメラの残っていたのは佐竹の横に並ぶ白岡の写真と、月郎の横に並ぶ白岡の写真の二枚だった。あまりに構図が一緒だったので、手渡した瑞希は「親子みたいですね」と笑っていた。
写真立てに飾った、佐竹から譲られた写真を見て、月郎はボンヤリと思う。
(もし、約束守ってくれてたら)
白岡が事故に遭わなければ、きっと白岡は約束通り佐竹を紹介してくれただろう。実の息子と、息子同然に可愛がってくれていた自分。そして佐竹の横には、きっと兄貴みたいな顔をして、堤も居るのだ。
きっと、幸せな光景だっただろう。
月郎は白岡が見せようとしてくれていた景色に想いを馳せて、写真に向かって微笑んだ。
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