6 / 33

第6話

楽しい時間はあっという間で、今日は登校日。学校には話せる友達もいないし、ダルい時間を耐えて下校時間になると、速攻で教室を出る。 今日も夕方からバイトだ。早く家に帰って、バイトの時間まで写真を見たりしたい。 「あれ? 小木曽くん?」 下駄箱で靴を履き替えた所で声を掛けられた。見ると湊がいる。 会いたくないヤツに会ってしまった、と肇は顔を顰めた。 「同じ学校だったんだね。……家近いなら当然か」 「湊、誰だ?」 湊の近くにいた二人のうち、背が低い方が聞いている。湊はバイト先の子だよ、一年生と答えていた。 「そういや、お前のバイト先、まだ行ってないな。司、今日行くか?」 肇は早く終わらないかな、と思ってそっと離れる準備をする。 「いや、今日は用があるから……」 (今だ!) 肇はダッシュでその場を離れる。後ろで「小木曽くん!」と呼び止める声がするけども、無視だ。 本当にコスプレしていないと、人と話す事も億劫になる。自分でも不器用だなとは思うけれど、これが自分なんだと開き直った。 しかし、何で湊は自分と話そうとしてくるのだろう? バイト先の他のスタッフは、肇の人となりを知ると距離を置くのに。 (ってか、普通に友達いるんだな……当たり前か) 湊の友達で、よく話していた方は明るくて人当たりの良さそうな人だったな、と思う。 (……俺には関係ない話か) 肇はそう思い直し、家に着いた。湊が誰とどう付き合おうが、自分には関係の無いことだ。 自室に入ると、散らかった布や道具はそのままに、パソコンを立ち上げる。 亮介から、スタジオで撮影した写真が一部加工が済んだと連絡があったので、確認する。 「……おおー……」 肇は思わず声をあげた。数枚の写真には、少女漫画のような星と、光の加工がなされている。マンガの一コマのような写真に、さすが亮介さん、と肇はスマホで返信する。 『怜也が後ろから抱きついてるやつ、なかなか良い感じだろ?』 亮介からすぐに返信がきたのでそれも確認すると、思わず肇がにやけてしまう程の出来だった。 『ってか、光の加工が入ると一気に雰囲気出ますね』 『それは肇たちが良い雰囲気出してくれたから』 「亮介さん返信早いなっ」 送ったそばから返ってくる返信に驚く肇。そして、あまり間を置かずにまた着信がある。 『全部加工したら、元データと一緒にROMで渡したい。そのうちまた直接会いたいけどいいか?』 肇は二つ返事で返信した。とりあえず、今もらった画像をSNSにアップすると、あっという間にいいねが付いていく。 『みかんやばい、推しが三次元になってるんだけど。ってかお似合いカップル~』 みかんのリプライに、いやいや写真の中だけだから、とツッコミを入れる肇。他にも大抵褒めてくれているリプライが多くて、ありがたい、と思った。 やっぱり、自分の居場所はここなんだと感じる。素の自分でいられる、心地良い場所。肇は改めてコスプレが好きだと思った。 そうこうしているうちに、バイトに行く時間になる。 肇は準備をして、出掛けた。 バイト先に着くと、ロッカー室では湊が既に着替えて、スマホを見ていた。 「おはようございます……」 先程は逃げるように去ってしまったので気まずい、と思いながら、湊がスマホで見ているものを見てしまって、息が止まるかと思った。 「おま……っ、何見てんだよ!?」 「え?」 湊が見ていたのは、先日イベントで撮った、肇の魔法少女コスプレだった。 湊はああこれ? とスマホを掲げる。 「純一……昼間会った時にいた子から教えてもらったんだ。ファンになったみたいで、俺もどんなものかと思って見てたんだよ」 湊はにっこり笑う。反対に肇は嫌な汗が滝のように出てきた。 (やばいやばいやばいやばい……) 肇はコスプレどころか、アニメ漫画好きだということを隠しているのだ、こんな所で、しかも湊にバレたら絶対厄介な事になる、と慌てる。 「可愛い子だよねー。元は男みたいだけど……この写真とか完全に男同士で絡んでるけど、違和感ないし」 そう言って、湊は怜也との写真を見せてくる。いや見せなくていいし、と思いながら、気付いた。 (あれ? もしかして俺だということはバレてない?) それならまだ誤魔化せる。肇は極力興味無さそうにふーん、と言った。 「あれ? 興味無い?」 「ない」 肇は即答でロッカーを開ける。早く着替えてこの場を去りたい。 (純一……あの二人のうちのどちらかか。覚えてろよ) 特に何かをする訳でもないけれど、そう思わなければやってられなかった。 「……っす」 そこへ、志水がやってきた。彼は湊のスマホを見ると、チッと舌打ちする。 「何見てんだよ、コスプレ?」 志水はスマホを覗き込んで、うわ、と声をあげた。 「これ男だろ? 女のコスプレなんてよくできるな、気持ち悪い」 肇の肩が思わず震えた。志水に褒められるとは思っていなかったけれど、侮蔑を含んだ物言いに傷つかない訳じゃない。 肇はそっとロッカーを閉めて鍵を掛けた。無言でロッカー室を出ると、詰めていた息を全部吐き出す。 厨房に行くと、ホールスタッフの女性陣が蜘蛛の子を散らすように去っていった。立ち話していたら注意しているから、それを避けたのだろう。 (やっぱり、ここは居心地悪い。でも、金は必要だし) 仕事だ、と割り切って準備を始める。 そう思うとバイトをしている時間はあっという間だ。しかし、忙しいのは相変わらずというか、客足が増している気がする。 肇はチラリとホールを見た。いつもならピークの時間はそろそろ終わりなのに、まだ引きそうにない。 (さすがに多賀も疲れて見えるな) そんな事を思っていると、女性客が何も無い所でよろけて、湊に触る。明らかにわざとだと思ったが、問題はその後だ。 湊はジュースを運んでいて、女性客がぶつかった弾みで、別の女性客にそれをこぼしてしまったのだ。 「あ、申し訳ございませんっ、今拭くものをお持ちしますね」 湊が急いでその場を離れる。ぶつかった女性客は、触っちゃったー、と笑いながら店を出ていった。 「ちょっとぉ、どうしてくれるのよ?」 戻ってきた湊からタオルを受け取ると、その女性客は湊をねっとりした視線で見る。シャツを引っ張って、胸元を見せているのもわざとらしかった。 「申し訳ございません……」 「あなたの連絡先教えてくれるなら、この事は別に許してあげるけど?」 それが聞こえたとたん、肇の身体は反射的に動いていた。 「いえ、それは対応しかねます……」 あくまでも店員として、誠実にする湊。じゃあどうするのよ、と女性客は食い下がる。 「おい、黙って聞いてりゃ好き勝手言ってんじゃねーよ」 肇は女性客の前に行くと、湊を押しのけて言い放った。 「ちょっと、小木曽くん……」 「何よあなた。こっちは被害者よ? この店どーなってるのよ」 「何が被害者だ、連絡先なんか聞く必要ねーだろ」 湊は肇を止めようとする。こっちは悪くないのに、どうして謝らなきゃいけないんだ、と肇はイライラした。 「お客様、どうなさいましたか?」 そこで店長が素早くやってくる。君たちは下がっていなさい、と言われるが、肇は納得いかずにその場にいようとする。 「小木曽くん、仕事に戻ろう」 「何でだよ!?」 湊に腕を引かれて店の奥に連れていかれる。ある意味湊が一番の被害者なのに、彼が怒らないのにもイライラした。 「ダメだよ、お客さんにあんな事言っちゃ……」 「は? お前は悪くないだろ、何で謝るんだ」 「確かに悪くないけど、俺が運んでいたジュースで、あの人の服を汚したのは事実だよ」 湊は諭すように言ってくる。 「何で怒らない?オレお前が……」 「それでも、多賀くんの言う通り、服を汚した事にはきちんと謝罪しないと」 店長がやってきた。意外とあっさり謝罪を受け入れたらしく、湊に食い下がっていたのはやはり彼が目当てだったと知れる。 「でもオレ、多賀がわざとやったんじゃないって知ってる。ぶつかった女がわざとやったの見てた。だから納得いかない」 湊は真剣な顔で肇を見ていた。店長は「そうだったんだね」と肇の意見を受け入れる。 「でも、肇くんはお客様に何て言った?」 「あれは! あの客が好き勝手言うから……っ」 肇は弾かれたように店長を見たけれど、店長は静かな眼差しでこちらを見ていた。 納得いかない、と肇は思う。何故こちらが謝らなければいけないのか。 「……肇くん、今日はもう帰りなさい」 普段穏やかな店長が、珍しく冷たい声を出す。有無を言わせないその声を出されたら、肇は従うしかなかった。 肇は足早にロッカー室に行くと、湊も後からついてくる。何でお前まで来るんだ、と思うけれど、言う気力が無いので無視をした。 「小木曽くん……」 湊が顔を覗き込んでくる。肇は視線を合わせずにコック帽と服を脱いだ。 「ありがとう。庇ってくれて、嬉しかったよ……気を付けて帰ってね」 彼はそれだけ言うと、またホールに戻って行く。 肇は熱くなった顔を見られなくて良かった、と思った。

ともだちにシェアしよう!