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第23話

十月末。湊が本来バイトを終える最後の日は、肇は休みになった。 学校もイベントも無いし、家でダラダラしているけれど、衣装を作る気もなく、ましてや外に出る気もなく。 だからといって何もしないでいると、また堂々巡りの考えが浮かんできてしんどいので、アニメショップに行くことにした。 (考えたってしょうがない。悶々とするより動いてた方が、嫌な気分にならずに済む) 肇は準備をして、電車に乗って目的の店に着く。 (そういや、純一の付き合いで湊も来てたな) そんな考えがよぎり、何に対しても湊が出てきて、慌てて考えを消す。 (何の目的も無しに来るんじゃなかったな) 肇の精神状態もあるのかもしれないけれど、何を見ても楽しくない。 時間を無駄にするよりは良いと思って来たけれど、楽しめないなら家にいた方が良かったかも、と思った。 (たった一人のためにこんな気分を乱されるなんて、恋ってスゲーな) 「…………帰るか」 自分でもこんなに悶々とするとは思わなかった肇は、何だか疲れてしまってすぐに帰ることにする。 電車に乗って、空いているにも関わらず、ドア付近に立って流れる景色を眺めた。悶々としている間も、これくらい早く時間が流れてくれれば良いのに、と肇は思う。 駅に着くと、慣れた足取りで改札を出る。慣れたことをするのは、何も考えなくても良いから、やっぱり家に帰って衣装を作ろう、と思った時だった。 会いたいと思っていた人物が、正面からこちらに向かって歩いている。肇は思わず足を止めた。 「湊……」 何だかホッとしたのもつかの間、肇は彼の隣に女の子がいることに気付く。そして、彼女を見る湊の視線が、見た事もない種類のもので、肇はドキリとした。 (すごく可愛い子……湊も見た事ない表情してる) 彼女は誰だろうか? 何にせよ、湊があんな表情するなら、気心の知れた人なのかもしれない。 (もしかして、彼女?) そう思った瞬間、カッと頬が熱くなった。肇の事を好きだと言っておいて、諦めたらもうそっちへ行くのかよ、とイラつく。 すると、湊がこちらに気付いた。驚いた顔をして、「肇?」と声を上げる。 肇は反射的に回れ右をして、一目散に逃げ出した。 「肇!」 湊が叫ぶ。駆け足の足音が聞こえて、追って来ている事が分かった。 「追いかけてくんな!」 「待ってよ!」 しかし運動があまり得意ではない肇と、チートな湊とではすぐに追いつかれてしまう。腕を掴まれ逃げられないと悟ると、足を止めた。 「どうしたの?」 二人とも息を切らしたまま湊は話し出す。肇は顔ごと湊から逸らし、声を振り絞る。 「お前が追いかけて来るからだろっ」 「肇が逃げるから。……何でそんな顔をしてるの?」 「何だよっ、そんな顔ってどんなだっ」 肇は湊を見ないまま叫ぶ。 「……今にも泣きそうな顔をしてる。どうしたの?」 湊が、腕を掴んだ手に力を入れた。肇が逃げようと、腕を引いたからだ。 「早く彼女の所に戻れよ」 「妹には先に帰るように言ったよ。それより、何があったの?」 少し食い気味に、湊は答える。 「……………………妹?」 思わず肇は湊を見た。彼は真面目な顔をして、頷く。 肇の身体が、じわじわと熱くなってきた。妹を彼女だと勘違いした恥ずかしさに、肇はまた視線を逸らす。 「え……誰だと思ったの?」 「いや、別に……」 肇はまた腕を引いた。しかし、ビクともしない。痛いから離せと言うと、湊は解放してくれた。 「肇、答えてよ」 「…………」 肇は黙る。妹に嫉妬しましたなんて、とてもじゃないけど言えない。 「…………もしかして、妹を彼女か何かだと思ったの? だからあんな顔をしてたの?」 畳み掛けるように言う湊。その声には期待が含まれていて、肇はいたたまれなくなっていく。 「肇のさっきの反応…………俺、期待しても良いのかな?」 湊の優しく落ち着いた声に、肇はぶわっと全身が熱くなった。ソワソワと落ち着かなくなり、一歩、一歩と後ずさりする。 恥ずかしさで頭がパニックになって、何を言ったらいいか分からない。 湊が一歩、こちらへ踏み出した。その瞬間、肇は弾かれたように叫ぶ。 「んなわけねーだろ自惚れんなバーーーーカ!!」 そしてまた一目散に走り出した。顔が熱い、全身が熱い、心臓が早く脈打ち過ぎて、胸が痛い。こんなの嫌だ、湊を好きになるんじゃなかった! と無我夢中で走る。 「肇っ」 またしても、腕を掴まれる。肇は抵抗し、力任せに腕を引っ張り振るけども、振り解けない。 「何だよ、離せよ!」 肇はそう言うけれど、湊は逆に肇の手を引っ張り、肇の身体を腕の中にすっぽり収めてしまった。 「……捕まえた」 息を切らしたまま、湊はギュッと肇を抱きしめる。 湊の心臓の音が早い。そして意外と筋肉が付いている彼の身体を意識してしまい、逃れようと胸を押す。 湊が笑う気配がした。 「バーカって……小学生じゃないんだから」 「うぅ、うるさいっ、お前のせいだ、人に告白しといていなくなるとか……」 「ああ、バイトの話? でも、連絡先は知ってたよね?」 会おうと思えば会えたはず、と湊は言う。そんなに器用にできていない肇は、それすら躊躇っていたと話してしまった。 「もう嫌だ、何だよ……会いたいと思うのに、いざ行動に移そうと思ったら苦しくなって……」 「会いたいと思ってくれてたんだ」 嬉しい、と湊は肇を抱きしめる。その声が、泣きそうに震えていたから、肇は何も言えなくなってしまった。 「正直、もうダメかと思っていたから……」 色々諦めて生きていた湊は、それがもう癖になっているのだろう。恋愛さえ上手くいかず、かといって思い通りにいかない鬱憤を発散する事もできず、本当に不器用な奴だと思う。 「ね、この後時間ある? 立ち話もなんだし、落ち着いて話がしたい」 「…………分かった」 湊は肇を解放すると、二人は歩き出す。 「……やっぱり諦めてたのか」 肇は湊が自分の思った通りに考えていたと知って、少し寂しくなった。湊は頷く。 「文化祭で好きな人はいないって聞いて、結構ショックだった。しかも応援するとか言うし」 「う、それは……悪かった」 湊は肇を咎めるような口調で言う。肇は素直に謝った。あの時は自覚していなかったのもあり、本当に湊を思って肇は言ったのだ。 「オレが自覚するのが遅かった」 「良いよ、今こうして並んで歩いているわけだし?」 肇は視線を落とす。さっきから顔がずっと熱いから、湊はずっと嬉しそうだ。 (恥ずかし過ぎて、顔が見られない……) おまけに心臓も忙しく動いている。両想いになったらなったで、苦しいのは変わらないのか、と肇は内心悶えた。 「ん? ちょっと待て」 肇は足を止めた。このままこの道を行けば、肇の家だ。 「オレの家に行くのか?」 「え? だめ?」 湊ににっこり笑って言われ、肇は両手を振る。 「ダメだっ、オレの部屋、超絶汚いからっ」 布やら小道具やら、その他もろもろ散乱している部屋を思い出して、とても人を呼べる部屋じゃない、と拒否する。 「それは楽しみだなぁ」 湊は構わず足を進めた。肇はその後ろ姿を追いかける。 「いや、本当に、無理だからっ」 「だって、俺の家だと妹も両親もいるし……」 「オレのウチだって親いるよっ」 肇がそう言うと、湊は足を止めて振り返った。 「……本当に、だめ?」 真っ直ぐ肇を見る湊は、困ったような顔をしている。そしてその顔を見ると肇は、何とかしてやりたいと思ってしまうのだ。 もうここまで来てしまったし、と思って肇はため息をつくと、足を進める。 「お前のその顔、ずるいぞ」 「え? どんな顔?」 湊は笑顔になる。こいつ確信犯だな、と肇は睨んだ。 「好きな子には、使える武器は使わないとね」 「……っ、お前、性格違くないか?」 肇が勝手に俺の性格を決めてるんじゃない? と湊は笑う。 そうこうしているうちに家に着いてしまったので、湊を部屋の前に待たせて、超特急で片付け始めた。

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