14 / 15

第14話

 あの時みたいに、怒りに任せて追い帰せたら楽なのに、いざ朱音を目の前にしたら、何も言葉が出てこない。今までの葛藤なんてどうでも良くなって、朱音に触れたくて、抱きしめたくてたまらなくなる。堰き止められない好きという感情に、結局また振り出しに戻される。 (これ以上苦しみたくない、でも…)  月曜からズル休みしていたことがついにバレ、俺は、今日遅番だった母親と、朝っぱらから大喧嘩になった。 『高校生にもなって子供じみたことしてんじゃないわよ!』 『うるせーな!俺にだって色々あんだよ!』 『何が色々あるだ!こっちはあんたのために必死に働いてんのよ!学費も家賃も生活費も携帯も!全部タダじゃないんだからね!』 『頼んてねーし!んな恩着せがましく言うなら高校なんて辞めて働いてやるよ!」 『舐めたこと言うんじゃない!そんなこと絶対許さないから!』 『許さないとか言われる筋合いねーし!ほんとウザすぎんだよクソババア!!』  頭に血が上り、着の身着のまま家を飛び出した俺は、財布も携帯も何も持たず、手ぶらで出てきてしまったことに途中で気がつく。 (あーくそっ。どうすっかな)  中学時代は、東中の頭なんて言われ、グレて遊びまくっていた時もあったのに、今や呼び出せば来るようなヤンキー仲間も女友達もいない。高校生になってから、自分がどれだけ朱音中心に生きてきたか、今更のように思い知る。  色々考えてみたけど、平日の昼間から時間潰せる場所なんて図書館くらいしか思いつかず、俺、いつからこんないい子ちゃんになったんだと自分を笑いながらも、仕方なく図書館に向かった。  子連れの親子が結構いる一階の絵本広場から2階に上がった俺は、借りたい本もないので、何となく視聴覚コーナーに足を運ぶ。そこには、大学生なのか、俺くらいの年代の奴もチラホラいて、そいつらと同じように、俺は適当にDVDが並んでいる棚を見た。 (そういや俺、図書利用カードとか持ってねえや、小学生の時母親に作らされたような気もすっけど、まあ別に見なくても、空いてる席座って寝ててもいいし…)  そう思った矢先、俺の目は1枚のDVDタイトルに釘付けになる。それは、昔母親が、朱音ちゃんて美少年だった頃のこの子に似てると思うのよと言っていた、外人俳優が出ている昔のDVD。本当に似てんのかよと思いながらそのDVDを手にとり、俺はカウンターへ向かう。カード持ってないから、登録事項照合書とかよくわかんないもん書かされて、何やってんだ?と思いながらも無事借りれた俺は、早速デッキにDVDを入れて再生した。  画面に映ったその俳優は、確かに整った顔をしていたけど、朱音とは全然違っていた。似てねーし、朱音の方がずっと可愛いし綺麗だしと思っているうちに、ストーリーなんて全然頭に入ってこなくなって、俺は目を瞑り、脳内の朱音に溺れた。幼稚園、小学生、中学、高校、色々な時期の朱音で、頭の中がいっぱいになる。    多分俺は、朱音の存在がなかったら、高校へなんて行っていなかっただろう。  元々、中学卒業したら働くか、あまりにも母親がうるさいから、就職に有利そうな地元の工業高校にでも入るかと思っていたくらいで、中2で朱音に振られて微妙な距離ができしまってからは特に、先のことなんてどうでもいいと思うようになっていた。  意識が変わったのは、中3になり、小学生の時以来初めて朱音と同じクラスになった時。毎日のように好きな子に教室で会えるってのはやっぱりでかい。そりゃ、同じ高校を目指すほど、優樹が好きな朱音を見ているのはきつかったけど、こんなにも近くにいるのに、黙って指咥えて見守るなんて俺にはできなかった。  だから、朱音がなぜか谷口と付き合いだした時は、本当にすげーショックで、手を繋いだりデートしたり、朱音と公然と触れ合える谷口が羨ましくてたまらなかった。  俺も朱音と恋人になりたい!朱音と触れ合いたい!  朱音に告白した日から、ずっとずっとそうなることを夢見てきてたから、朱音と実際付き合えることになった時は嬉しすぎて、明日死ぬんじゃねーか俺?と本気で思った。  たとえ今朱音が俺を好きじゃなくても、きっと好きにさせてみせる。根拠はないけど、そう自分を信じて疑わず、実際朱音と付き合いだしてから、俺は朱音の心が、少しずつ俺に向いてくれているように感じていた。  だけどそんな自信、あの日全て木っ端微塵に砕け散る。誰かを好きな気持ちは、そう簡単に断ち切ることも変えることもできない。自分が一番、身をもって知っていたのに、なんで俺は、朱音を絶対に振り向かせられると信じていられたんだろう。  朱音の心は優樹にある。そんなこと、嫌ってほどわかっていたし、朱音と付き合えるならそれでもいいと本当に思っていた。でも、恋人になって、キスしたり、抱き合ったり、今までにない近さで朱音と触れあえるようになったら、その事実が、耐えられないほどの痛みになった。俺と付き合っているのに、身体は俺のすぐ側にあるのに、心が自分に向いていないってことが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。 (まじ辛い…)  やっぱり俺にはもう、優樹を想う朱音と一緒にいることはできない。高校も、やめるしかない。身体が引きちぎれそうな痛みを胸に、そう決意を固め、ようやく戻った家に、朱音本人が待っていたのだ。 「…晴翔」  最初に口を開き、俺の名前を呼んだのは朱音だった。その、少し掠れた甘い声に、全身の血が沸き立つように体が熱くなる。こんな風に俺を呼ぶくせに、まだ優樹を好きなんて信じられないし信じたくない。 「俺、おまえとちゃんと話したくて…」 「嫌だ!もう俺朱音の口から優樹のこととか聞きたくねえ!」  思わず駄々っ子みたいに叫んで、朱音から目を逸らし俯いた次の瞬間、突然朱音が俺に抱きついてきて、そのまま唇を奪われる。 「…」  自分からすることはあっても、朱音からキスされたことなんてなかったから、俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。 「話したいのは優樹のことじゃない!俺は、今の俺はおまえが好きなんだよ! ずっと優樹が好きだったのに、おまえのことは、親友としか思ってなかったのに、気づいたらおまえを好きになってたんだよ!」  唇が離れた途端、朱音は叫ぶようにそう言った。俺は、今聞いた言葉が信じられなくて、涙目になっている朱音の瞳を見つめ、呆然としたまま問いかける。 「今朱音、俺のことが好きって言った?でもあの時朱音、優樹のこと想像してるって…」 「言ってねえよ!なんも言ってねえのにおまえが勝手に決めつけたんだろう!」 「でも俺のこと想像してないって言った」  自然と責める口調になる俺を、朱音は微かに紅くなり睨んでくる。 「本人目の前にして、おまえのこと想像してるとか言えるわけねえだろ!おまえはデリカシーなさすぎるんだよ!!」  その言葉を聞いた瞬間、俺は朱音の肩を鷲掴み必死に聞いていた。 「それって!朱音も優樹じゃなくて俺のこと想像してしたことあるってこと?」 「だからなんでおまえは、そういうこと平気で聞くんだよ」 「お願い朱音!正直に答えて、じゃなきゃ俺、朱音のこと信じられない!」  今まで散々、優樹が好きすぎてやけになる朱音を沢山見てきた。俺にとってはそれが当たり前で、それでも諦められなくて…だから、どんなに恥ずかしくても、俺を見て、俺が欲しいって、はっきり言葉にして言ってほしい。 「お願いだから言って、朱音!」 「そうだよ!あるよ!おまえのこと考えてしたこと…」  言いながら真っ赤になっていく朱音に、俺の理性は吹き飛んだ。夢中で朱音の唇にキスをして、そのまま深く舌を差し込む。立ったまま一心不乱に朱音の口内を貪っていたら、俺のキスに応えるように、朱音自らも舌を絡ませてきた。嬉しすぎて、堪らなく欲情して、俺はキスをしながら朱音の身体に体重をかけ、リビングのソファに押し倒す。急かされるように自らの上着を脱いで、朱音の制服のボタンを外していく。 「待って待って待って!」 「いやだ!無理!」  だけど、なぜか突然朱音の口からストップが入り、 当然俺は、ここまできて止められるわけがなくその言葉を却下する。抵抗しだす朱音を抑えつけて、制服のズボンのベルトに手をかけ脱がそうとしたら、今度は思い切り殴られた。 「いってーな!なんでだよ!朱音も俺のこと好きなんじゃねーの?」  朱音の言動の意味がわからず、半ば泣きそうになりながら言ったら、朱音は首をふり反論する。 「好きだよ!好きだけど!俺高校からすげー走ってきたから汗だくなんだよ!」 「そんなんどーでもいいし!」 「おまえは良くても俺が気になんの!おまえ男とやったことねーだろ!女より汗かくと匂うんだよ」 「そんなん気になったことねーし、朱音の匂いならなんだって好きだし!」 「うるせー!せめてシャワー浴びさせろ!俺はおまえ以外としたことねえし!初めてだからちゃんとしたいんだよ」  思い通りにならずカッカしていた心が、涙目で、初めてだからとか言っちゃう朱音の姿にキュンと強く撃ち抜かれる。でも、こんな状態で待つのはやっぱり嫌で。 「じゃあ一緒に入ろう?」 「嫌だよ、恥ずい」  あっさり断られるも、俺だってそう簡単に引き下がれない。中2で告白しようと決めた日、朱音がシャワー浴びるのを待ちながら、いつか一緒に入って色々したいと夢見ていたことを思いだす。 「お願い朱音!俺中2の頃からずっとおまえと風呂入りたかったの!」 「嫌だっつってんだろ!ていうかおまえの頭ん中そういうことしかねえのかよ!」 「そうだよ!俺の頭ん中昔から朱音のことしかねえよ!そんなこと朱音が一番よく知ってんだろ!!」 「…」 「お願い朱音!俺、朱音と離れてる間ずっと苦しかった、今はもう、一瞬でも朱音と離れたくない!」  必死すぎる俺に呆れたのか、朱音はフッと口元を緩ませ俺を見上げた。俺のせいで、半分脱げそうに乱れた制服姿の朱音は、頭がイカれてしまいそうなほど色っぽい。一緒に入るのは嫌だと、睨むように俺を見ていた瞳がフンワリと和らいで、俺は、もう何度目か分からない恋に再び堕ちる。 「おまえって本当に、俺のこと好きだよな」 「だからそうだって何回も…」  最後まで言い終わらないうちに、朱音から二度目の口付けをされ息を呑んだ。 「いいよ、一緒に入ろう。その代わり、もう絶対俺から離れるなよ。俺だって、お前に会えない間、ずっとずっと苦しかったんだから」  そう言って背中に腕を回された瞬間、俺は堪らず、噛み付くように朱音にキスをする。正直このまま、最後までもつれ込みたい衝動に駆られたけど、朱音が一緒にシャワー浴びると言ってくれたチャンスを逃したくない。俺は、名残惜しく音をたてながらゆっくりと唇を離し、朱音の手を引き立ち上がる。肌以外の布の感触が邪魔で、狭い脱衣所に着いた途端、俺達は互いに服を脱ぎさり、急かされるように裸で抱き合った。  そこから先はもう無我夢中で、俺は、何年も我慢してきた恋と欲望を吐き出すように朱音にむしゃぶりつく。シャワーで濡れた裸の肌の感触も、エロすぎる身体の反応も、声も、匂いも、朱音の全てが俺の想像なんて遥かに超えていて、とっくに限界点に達していた好きが、もっともっと深くなる。身体の奥まで繋がりながら、朱音は俺のだという抑えようのない独占欲が、昔、天気予報のニュースで見た外国の竜巻きみたいに、グルグルと腹の奥で渦巻いていく。  ようやく朱音と結ばれた幸せと、なぜか余計に大きくなる、絶対に朱音を誰にも取られたくないという不安に心を支配されたまま、俺は、もう無理という朱音の唇を塞ぐように、何度めかわからないキスをした。              

ともだちにシェアしよう!