オオキリの次期ご当主様が部屋を出たあと、トリヤに抱きかかえられて隣の寝室に入った。まるで金持ち(ガニーユ)のご令嬢のように横抱きにされているのがおかしくて、思わずクスッと笑ってしまう。 「何がおかしい？」 　眉を寄せながらも優しくベッドに下ろしてくれたトリヤに、「だって、おかしいだろ」ともう一度笑った。 「俺はただの踊り子なのに、これじゃあ金持ち(ガニーユ)のお嬢様だ」 「タマはただの踊り子じゃない。この街一番の踊り子で踊りの神の申し子だ」 「はいはい、ありがとな」 　俺の返事が気に入らなかったのか、トリヤの眉間にさらに皺が寄る。 「ほら、そんな顔してると強面になるぞ？　せっかく綺麗な顔してんだから、もったいねぇだろ」 「……そういう言葉は初めて聞いた」 「初めて言ったからな」 　仏頂面だったトリヤの顔が、少しだけ照れたような笑みに変わる。こうした些細な表情の変化を見るたびに、何度「俺だけが見られるんだ」と優越感に浸ったことだろう。 （そんなふうに思う段階でただの友人なわけないのにな） 　それなのにトリヤを受け入れるのを拒否してきた。“前世からの恋人”を信じていなかったことも理由だが、もう一つはトリヤが年下だったせいだ。 （こいつ、俺より四つも年下なんだもんなぁ） 　俺は昔から同年代や年下を相手にするのが苦手だった。いや、もはや生理的嫌悪だと言ってもいい。年下とはいい雰囲気になるだけで吐き気がして体が受けつけないのだ。だから初体験はオジサンで済ませたし、人気が出るにつれて声をかけられるようになってからも中年以外は断り続けた。 　そんな俺だから、トリヤと関係を持ってもすぐに駄目になると思っていた。 （それなのにトリヤは平気なんだよな） 　それどころかキスだけでこんなにも興奮してしまっている。同年代の男なんてごめんだと思っていたのに、これまでの経験が嘘だったかのようにいまはトリヤに触れてほしくて仕方がなかった。 「急に素直になるなんて、どうしたんだ？」 「何だよ、不満でもあるのか」 「これまでどんなに“前世からの恋人”だと言ってもなびかなかったじゃないか」 「それはまぁ、そうなんだけどさ」 　別に“前世からの恋人”だと実感したわけじゃない。それでもトリヤは特別だと思っているし、できればこの先もそばにいたいと思った。ひとときの恋人ではなく、踊り子でなくなった俺の“最後の恋人”になってほしいと思ってしまった。 （でも、トリヤが“前世からの恋人”にこだわっているんだとしたら……） 　ひと月近くも一緒に暮らしているというのに、俺には前世の記憶が一切戻っていない。記憶どころかそう思う瞬間さえなかった。こんな俺でもトリヤはいいと言ってくれるだろうか。 「あ……のさ。俺に前世の記憶が蘇らなかったら……あんた、どうする？」 　思わず問いかけた俺に、トリヤの黒目が大きく見開かれる。その表情にしまったと思いながら「だってさ」と言葉を続ける。 「兄貴には“前世からの恋人”だって言ってただろ？　それに婚約まで破棄してさ。それなのに俺が“前世からの恋人”じゃなかったら、あんたどうするのかなって思って」 　少し早口で言うと、トリヤの表情が少し和らいだ。 「別にタマに前世の記憶がなくても構わない。むしろここまで真っさらということはないほうがいいんだろう」 「なんだよ、前世の俺ってそんなにヤバい奴だったのか？」 「いや、いまのタマよりずっと純情で奥手だったな」 「なんだよ、それ」 　思わず笑いながら、夢の中の俺が一瞬脳裏をよぎった。 　純情かはわからないが、夢の中の俺が奥手なのは間違いない。物陰から想い人を見つめては自慰に耽るってことはただの奥手じゃないんだろうが、強気な性格とは言えないだろう。もしかして、前世の俺は夢の俺みたいな奴だったんだろうか。 「僕はいまのタマも好きだ」 　夢のことを思い出していた俺は、トリヤの言葉に一瞬反応できなかった。言葉の意味がわかった途端にポッと顔が熱くなる。そんな自分をトリヤに見られるのが恥ずかしくて、ゆっくりと顔を背けた。 「……急になんだよ」 「赤くなった」 「うるせぇ」 「どういうことだ？」 「どういうことって……そういうことだよ」 「よくわからないんだが」 「あんたこそ空気読まないな」 「……つまり、本当に恋人になってもいいということか？」 　ベッドに腰掛けたトリヤの手が、顔を背けたままの俺の頬に触れた。たったそれだけで燻っていた体の熱が少しだけ上がる。 「俺には“前世からの恋人”の記憶はない。これっぽっちも蘇ってない。それでも、あんたが俺を好きでいてくれるなら……って、こらっ」 「記憶がなくても構わないと言っただろう。僕はタマだからいいんだ。タマが好きなだけなんだ」 　急に抱きしめてきたトリヤに驚いた。「おいこら」と文句を言いながら、内心はかわいい奴だなと笑いたくなる。普段の無表情で金持ち(ガニーユ)らしい態度や表情とは違う一面に胸がくすぐったくなってきた。 「それに……記憶があることがいいとは限らない」 「トリ？」 　何かをつぶやいたトリヤが、ゆっくりと体を離した。俺を見つめる顔はいつもより真剣に見える。 「僕は辛抱強い。それはタマもわかっているだろう？」 「そうだな。金持ち(ガニーユ)らしく偉そうにはしてるが、たしかに辛抱強いとは思う」 「僕自身もそう思っている。だが、気持ちが通じあったときまで辛抱したいとは思わない」 　俺を見下ろしている黒目が鋭くなった。まるで獲物を前にした肉食獣のような雰囲気さえ感じる。 （こんなトリヤは初めて見た） 　つまり、それくらい俺をほしがってくれているということだ。そう思った途端に体の奥がゾクッと震えた。 「思いが通じあった途端にがっつくなんて、金持ち(ガニーユ)らしくねぇぞ」 「僕のことは金持ち(ガニーユ)だと思わなくていい。僕は金持ち(ガニーユ)として踊り子のタマがほしいんじゃない」 　トリヤの大きな手が俺の肩にそっと触れた。そのまま鎖骨を撫で、指を滑らせるように腹までをゆっくりと撫でる。途中、胸のあたりを強めに擦られて体がヒクッと震えてしまった。漏れそうになった甘い吐息を噛み殺しながら、余裕ぶって「ははっ」と笑う。 「金持ち(ガニーユ)なのに変わってるな」 「中年しか相手にしなかったきみも変わっていると思うが？」 「ははっ、たしかにそうだよな。でも、もういいんだ。オジサンにしか目が向かなかったのだって、夢の影響だったのかもしれねぇし」 「夢？」 「何でもねぇよ。それよりおまえは、当然オジサマたちより気持ちよくしてくれるんだろうな？」 　ニヤリと笑いながらそう挑発すると、黒目が少し丸くなった。そういう表情をすると年相応に見えるなと思いながら、トリヤの首に腕を回して思い切り引き寄せる。 「期待していいんだよな？」 「……当然」 　ややぶっきらぼうな返事には、いつもより少しだけ熱が籠もっていた。 　期待してもいいと言った言葉に嘘はないだろうなと、裸になった俺はトリヤの下半身を剥き、すでに十分臨戦態勢になっていたペニスに自ら腰を下ろした。男に抱かれ慣れている俺でも一瞬息が止まるほどトリヤのペニスは雄々しかった。それでもゆっくり腰を落としていくと、ズブズブと中を押し拡げられる感覚に背中を甘い痺れが走り抜ける。それはこれまでの恋人たちとはまったく違う感覚で、これがトリヤとのセックスなのかと思わず舌なめずりしてしまった。 「慣れて、るな」 「この街の踊り子なら、大抵はこう、だぞ？」 「わかってはいたが、……ッ、複雑な、気分だ」 　眉を寄せながら快感に耐えるトリヤの表情を見るのが楽しくて、途中で腰を軽く上下させた。いやらしい音がいつもよりも大きく聞こえるのは、俺の体が抱かれ慣れているせいだけじゃない。 　入れる前、握ったトリヤのペニスはすでにヌルヌルと濡れていた。それだけカウパーがあふれていたということだ。それが俺の中で淫猥な音を立てている……そう思っただけで気分が高揚してくる。 　俺はもっと激しく動くためにトリヤの腹に両手を乗せた。そうして少し突っ張り、足の裏をしっかりとベッドにつける。そこからは膝の屈伸を利用して何度も上下に腰を振った。同時にイイトコロに亀頭が当たるようにして自分の快楽も追う。 「く……ッ。タマ、少し、……ッ」 「なん、だよ……、もう、降参か？」 「違う、が、されっぱなし、という、のは……ッ」 「んっ！　はは、中で震えてるのが、よく、わかる……」 「タマ、」 「ん……っ。期待して、いいんだろ……？」 「それは、そうだ、が……ッ」 　トリヤの顔が快感に歪むたびにゾクゾクした。俺の体でここまで興奮しているんだと思うと、体の中から得も言われぬ悦びがあふれてくる。それは舞台の上で大歓声に包まれている感覚に似ていて、次から次へと昂ぶる気持ちがわき上がってきた。 （そうだ……俺は、こういうセックスが好きなんだ） 　いや、踊り子なら誰だって舞台に立っているときのようなセックスが好きなはずだ。だから舞台に上がった直後に呼ばれるのが好きだし、余韻のままベッドに入るのも好きだった。 　しかも、いま肌を重ねているのはトリヤだ。これまでの恋人たちとは全然違う。年齢の違いもあるだろうが、俺の気持ちも違っているように感じた。そのせいかますます体が熱くなり、頭まで恍惚としてきた。 　……あぁ、なんて気持ちいいんだろう。そうだ、俺はずっとこうしたかったんだ。ずっと、こうして抱かれたいと思っていた。 　――……ようやく、……に、抱いて、もらえた……。 　脳裏にそんな言葉が浮かんだ瞬間、こめかみにひどい痛みを感じた。快感にうっとりしていた俺は驚き、突っ張っていた両手が少し緩む。足からも力が抜け、持ち上げていた腰が勢いよくトリヤの上に落ちてしまった。 「ひぃっ！」 　一瞬、星が飛んだかと思った。目の前がチカチカし、頭の奥がビリビリする。おかげでこめかみの痛みは吹っ飛んだが、代わりに腹の奥がとんでもないことになった。 「タマ、大丈夫、か……？」 　急に腰を落としたから心配になったんだろう。気遣うようなトリヤの声は聞こえているが、俺は答えることができなかった。そのくらいすごい衝撃で、腹の奥の壁を押し上げられた俺は呼吸することもできなくなっていた。 「タマ……？」 「ぃ……っ」 　トリヤが少し動くだけで星が飛び散る。これまでも何度か最奥を突かれたことはあったが、ここまで強く押し上げられたのは初めてだった。そう、初めてなのにソコは気持ちよさに痙攣して、同時にあと少しずれるだけでとんでもないことになる恐ろしささえ感じていた。 　はっきり言って、俺は抱かれ慣れている。一番人気の踊り子で抱かれる側一辺倒だった俺の後孔は、もはや性器と言ってもいいくらいだ。そんな俺でもこれほど奥深くに触れられたことは一度もない。そこに触れるような長大なペニスに出会ったことがなかったからだ。 　それが、トリヤのものは深いところにある肉壁をとんでもないくらい押し上げている。つまり、まだその先に入れるだけの長さがあるということだ。 （だめ、だ……そんなの、……どうなるか、わかんねぇ……） 　力の抜けた両腕を再び突っ張ろうと試みた。しかし小刻みに震えるばかりで力を入れることができない。腰も抜けてしまったようで足で踏ん張ることも難しかった。 「タマ……」 「……っ」 　トリヤの両手が俺の胸を掴んだ。驚きのあまりビクッとしてしまったせいで、肉壁を押し上げていた亀頭の位置が少しずれた。そのまま腹を突き破るのではないかと思った俺は、息を呑んで体を強張らせた。 「……下から見ると、胸、けっこう大きいな」 「な……っ」 「それに、尖った乳首も大きい」 「やめ……っ」 　トリヤの手が、俺の胸を下から揉み上げるように動き出した。ゆっくりとじっくりと、何度も押し上げるように揉み始める。胸にほどよい筋肉がついているからか、過去にはこうやって胸を触る恋人もいた。だが、所詮は男の胸で女のような弾力はない。大抵はすぐに飽きるはずなのに、トリヤは何度も何度も揉み上げた。 「こうして揉み続ければ、そのうち挟める、かもな」 「なに、い……っ」 「乳首からも、何か出そうだ」 「ぃ……！」 　揉み上げながら、指で乳首の先をピンと弾かれた。それも何度も何度もくり返してだ。弾かれ続ける乳首がジンジン痛みを訴えた。ますますぷっくりした乳首の先を、爪でグリグリ抉られて胸全体が熱くなってくる。 　俺は胸と乳首をいじり続けるトリヤの手を止めたかった。これ以上触られたら、胸までおかしくなりそうで怖かった。しかし、いま両手を腹から退ければ腰の位置がまた変わってしまう。そうなると、ギリギリで留まっている亀頭がさらに奥に入り込んでしまうかもしれない。 「乳首を弾くたびに、中が、く……ッ、すごい、な……」 「……っ、……っ」 「前も……こう、だったんだろう、か……」 　つぶやくようなトリヤの声に、思わず顔を見下ろした。そんな俺に少しだけ笑いかけたトリヤの手が、揉み上げていた胸からゆっくりと離れていく。それにホッとしたのも束の間、離れたはずの手が腹筋に触れ、そのままカウパーでしとどに濡れている俺のペニスに触れてきた。 「ぅあ……っ」 　ペニスに触れられた瞬間、あまりにも鋭い快感から逃れようと体を少し仰け反らせてしまった。そのせいで体内の亀頭の位置が変わり、肉壁を押し上げていた勢いのままグボッと狭い肉壁を通り抜けてしまった。 「……！」 　頭が大きく仰け反った。開いた口からはヒュウッと息が漏れた。そのまま舌が伸びて息ができなくなる。そんな俺の腹の奥で、トリヤのペニスが大きく脈打っているのがわかった。 「……もって、いかれたな……」 　トリヤのつぶやきがぼんやりと聞こえる。初めての場所に侵入された俺は、あまりの衝撃からかショロショロと漏らしてしまっていた。 「……前は、どうだったんだろうな……」 　トリヤの声が小さくなっていく。やけに気になる言葉だったが、俺はそのまま気絶するように意識を手放した。