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第4話
ホテルの正面入り口はまだ開いている。クリストファーの部屋に行ったのは大神と食事をしたあとだった。彼はいま何をしているだろう。酒を飲んでいるか、本を読んでいるかもしれない。大神は思いのほか読書家で、任務に必要のない小説のたぐいも読む。
任務のたびに各地のホテルやセーフハウスに泊まっているから、いやおうなく相手のことを知るようになる。だが昨年の年末のようなことは二度は起きていない。任務がおわったあとの興奮のせいか、一度だけ体を重ねた日のことだ。
五カ月以上経ついま、遠夜も大神も、あの夜のことは忘れたふりをしている。
大神はあのとき、俺たちはバディだといった。遠夜も同感するところだ。
バディはお互いについてよく知っている。だがけっして恋人ではない。恋人になってしまえば今日のような任務はできなくなる。バディに必要なのは独占欲ではなく信頼だ。任務によっては長い時間狭い場所で過ごすこともある。そんなときにも相手に我慢できるくらいの、信頼。
長所や短所は問題ではない。緊迫した状況においては美徳とされる特徴が諍いの原因になることもある。良いも悪いもひっくるめた上で、しばらくのあいだ相手を許容できる程度の信頼、これが重要だ。
大神と同じ部屋で眠ることには何の問題もなかった。だが今日だけはツインルームにするべきではなかった。ホテルのドアをあけたとき、遠夜は後悔した。
「早かったな」
大神は椅子に座っていた。文庫本を片手に遠夜をみあげる。
「早かった?」遠夜は思わず聞き返した。
「スタインに会いにいったんじゃないのか。友人なんだろう」
「友人? まさか」
遠夜は吐き出すようにいった。大神は本を閉じた。小さなテーブルに酒のグラスがあった。小さくなった氷が浮かんでいる。
「今日は戻らないのかと思った」大神が静かにいった。
「なぜ」
「任務はおわって、スタインも来た。だから……」
「何がいいたい」
遠夜は大股に近づくと、テーブルのグラスをとって一気に飲んだ。
「まて、俺の酒――」
止めようというのか、大神の手が伸びる。その指をまとめて掴んで、遠夜は大神に顔を寄せる。
「クリスは俺のメンターだが、つきあいはもっと古い。俺が馬鹿な十代だったとき、とある事件をやらかした。そのとき事態を収拾するために出てきたのがクリスだ。しばらくして、俺と一緒にいた友人の行方がわからなくなった。クリスは何か知っているはずだ。そう思って彼に近づいた。それがはじまりだ」
「スコレーにおまえがいるきっかけ?」
大神の顔がすぐ近くにある。
任務をつづけるあいだに家族よりも詳しく知るようになった顔だ。前にバディだった二人の顔は大神ほどよく見ていない。彼らとは今日のような任務は絶対にできなかった。
「香西。俺の酒を返せ」
大神がいった。
「無理だ。もう飲んだ」
唇を寄せたのは大神が先だった――それとも大神が遠夜の欲情を受け入れたのか。
いったん重ねてしまうとそんなことはどうでもよくなる。ウイスキーの香りがする唇が重なり、舌が触れあう。遠夜の首に大神の腕がまわり、引き寄せられた。相手の膝にのりあげるようにしてキスを続け、どちらの体も熱をもっているのを確認する。
バディだから相手の求めているものがわかるのだ。それだけだ。
「香西……例のキノコの影響は……」大神が唇を離し、ささやく。
「知るか」
もつれあうようにしてベッドへ行った。スプリングの効いたマットレスは男二人の体重にもきしまない。シャツを脱ぎかけて、部屋が明るすぎるように感じた。うつ伏せになってヘッドボードのスイッチに手を伸ばしたとき、大神が遠夜の足首をつかんだ。
「まだ腫れてるぞ」
「だからなんだ……」
生暖かい感触が踝をなぞる。大神が舐めているのだ。踝、かかと、爪先。背筋にぞくっと快感が立ち上がる。薄暗くなった室内で遠夜は慌ただしく服を脱ぎすてる。おなじように裸になった大神が上にかぶさってくる。
昼間、バニーボーイの格好で押し倒された時の気分が蘇ったが、一瞬だけだった。先端ではなく根元を弄られ、さらに尻の穴の周囲を執拗に舐められる。うしろに唾液にまみれた指が入って、遠夜の中をまさぐる。クリストファーが遠夜に教えた粘っこい愛撫ではない。でも今はこれが欲しかった。今の遠夜を誰よりも知っている人間の手だ。
「あっ、あ……」
中の襞をこすられて思わず声がもれる。もっと奥にほしいのに、指が抜き取られ、その感触も遠夜に快感をもたらす。顔の横に何か落ちてきて、目をあけるとコンドームのパッケージだった。
遠夜は笑いそうになる。用意のいいやつだ。おまえが使うはずの相手は誰だったんだ?
自分ではないはずだ。そうでなくてはいけない。俺たちはバディだ。恋人じゃない。
「香西……いいか?」
「早くしろよ」
遠夜は無意識に尻の穴をみせつけている。クリストファーがかつて教えたように。その肢体が大神にどうみえているのか、遠夜自身は気づかないまま。大神が唾を吐き、尻の中を濡らした。きついのは最初だけで、馴染んでくると動いてほしくなる。誘うように腰を揺らすと、大神が小さく息をつき、ぐっと奥へ突っ込んできた。
「あっ、ああ、いいっ、あ……」
こすられるたびに声が漏れる。大神が一度うごきを止め、遠夜の背中に腕をかける。体勢を変えたいのだと遠夜は理解する――バディというのは便利なものだ。繋がったまま仰向けになり、足を曲げる。奥をズンッと突かれて、頭の隅に星が飛んだ。今欲しいのはこれだ。クリスじゃない。
「うんっ、ああっ、おおがみっ……」
喉から声が飛び出した。みると大神の顔がすぐ近くにあった。また唇を塞がれて、目を閉じる。尻を突かれながら唇をあわせていると、自分のすみずみまで大神が侵入してくるような気分になる。手放せ、と要求されているかのようだ。だが、いったい何を?
遠夜は大神の首に手を回しているだけで精一杯なのに、向こうは遠夜のペニスをゆるくつかんで扱きはじめた。遠夜が頂点に達しそうになったとき、大神は唸るような声をあげ、激しく腰を打ちつけてくる。
「はっ、あっ、ああ……」
長く尾を引くような快楽に思ってもみない喘ぎが漏れた。職務として誰かを誘惑するときはけっして出さない声だ。
バディはすべて知っている? そんな馬鹿な。でも今、この時はたしかにそう思えた。シーツの上で、遠夜は大神に自分のすべてを明け渡していく。
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