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第24話 うざったいなんて思わない

 噛まれた阿久津の指先が、跳ねる魚のようにピチピチと暴れた。  簡単に逃げ出せる程度の甘噛みしかしていない。  つまりは、わざとにそこに(とど)まり、ふざけて楽しんでいるのだ。  噛みついたままに阿久津の顔を見やれば、締まりのないへらりとした笑みを浮かべていた。 「誓将先輩のヤキモチ、可愛すぎでしょ」  オレになら何をされても嬉しそうな阿久津に、叱りがいのない指を解放した。 「こんなどろどろしたもんが可愛いとか…お前、おかしいだろ……」  呆れた声で紡いだ言葉に、阿久津は笑顔を崩さない。 「嫉妬心でも、精液でも、…誓将先輩から出てくるどろどろしたもんは、全部俺が飲み干しますよ」  下ネタのような言葉とは正反対の爽やかな顔で言い切る阿久津。  腹を立てているのが、バカらしくなってきた。  滑らせた呆れ混じりの視線に、買ってもらったワンピースが目に留まる。 「……お前の誕生日、あのワンピース並みのお返し、買える気がしねぇんだけど?」  ワンピースを見やりながら、ぼそりと放ったオレの言葉に、阿久津は小さく頭を横に振るった。 「物はいらないっすよ」  首を傾げるオレに、阿久津はにこにこしたままに言葉を繋ぐ。 「俺、“チカちゃん”じゃなくて、“誓将先輩”とデートしたいっす」 「は?」  きょとんとした声を返すオレに、阿久津の指先が、ウィッグの毛先を弄ぶ。 「チカちゃんも可愛くて好きっすけど、女の子じゃない…素の、女装してない誓将先輩と出掛けたいっす」  “ダメっすか?”と、強情る瞳を向けてくる。 「そんなんで、…いいのか?」  あまりにも釣り合わないお返しに、怪訝な瞳を向ける。 「あっ。あともう1個、つけてもいいっすか?」  何を言われるのかと構えたオレに、阿久津がもそもそと呟いた。 「名前、呼んで欲しいっす……」  阿久津の視線が、お願いしますというように、お伺いを立ててくる。  そんなコトかよ?  肩透かしなオネダリに、誕生日でも何でもないが呼んでやる。 「龍大。疑ってごめんな。と、プレゼント、ありがとうな」  目の前の阿久津…、龍大の頬を両手で包み、唇に軽い口づけを見舞う。  顔を放し龍大を見やるオレの視線と、ぶわっと頬を真っ赤に染めた嬉しそうな瞳が絡まった。  普通に呼んでみて思う。  なんだか特別感に、欠けてねぇ? 「なんか普通だな? お前、タツとかって呼ばれてるよな……タロ? タツヒロ縮めて、タロにすっか。な、タロ」  にぃっと笑ってやるオレに、龍大が微妙な顔をする。 「特別な感じ…嬉しいんすけど、…なんか犬っぽくないっすか?」 「嫌なら呼ばねぇ~」  ふいっと顔を逸らすオレに、うぐっとなんともいえない呻きを放った龍大。 「わかりました。いいです、タロでっ。その代わり、犬並に可愛がってくれないと、拗ねますからね」  言葉と共に、ソファーに座っているオレを押し倒し、覆い被さってきた阿久津は、大型犬よろしく、首筋をべろべろと舐めてきた。  好きならば、どんなに重たかろうが、どんなにしつこかろうが、うざったいなんて思わない。  ……ものなのか? 【 E N D 】

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