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第2話
「僕、自撮りって、ほとんどしたことないんですが」
「え? ああ、そうなのか」
「はい。機会がなくて。必要もなかったので」
スマホを使って風景や物の写真を撮ったことはあったが、自分自身をカメラにおさめたことは数回しかない。それも証明写真用だ。
「じゃあ、試しに一度撮ってみるか。やり方はわかるか?」
「はい、えっと……」
夕侑は自分のスマホをポケットから取り出した。カメラのレンズを操作して自分のほうに向ける。
「では背景は桜と車で。これで、いいかな……」
カシャッとシャッターを切って、できた写真を見てみると、アップにしすぎて左耳が見切れていた。しかも魚眼レンズで映したかのように顔面が膨れている。
「うわ……僕、下手くそですね」
出来あがった自撮りを見て顔を赤くする。下手すぎて笑えない。
「なかなかいいじゃないか」
横から覗きこんだ獅旺が感想を言う。
「そ、そうですか」
「慣れてないにしてはうまい。これ、俺も欲しい。スマホに送ってくれ」
「……ええ? 本気ですか」
「ああ。夕侑の自撮り、記念だからな」
自分としては今すぐにでも消してしまいたかったのだが、記念だから欲しいと言われれば断れない。こんなものもらって嬉しいのかなと思いつつ、相手のスマホに転送した。
しかし、送った瞬間、非常に恥ずかしくなる。
「やっぱり、消してください。ちゃんとしたのをもう一度、撮りますから」
「うん? そうか。いいと思うけどな」
「いえ。それ、失敗ですから」
「じゃあ、あとで消しておくよ。それよりもう一枚、一緒に撮ろう」
獅旺がスマホをかざして、今度はふたりで一緒に撮影する。獅旺は慣れているのか、アップのふたりを上手に画面におさめた。
「すごい、素敵ですね」
「いい感じだ」
早速写真を送ってもらって確認する。ふたりで顔をよせあう写真なんて初めてだったので、嬉しくてドキドキした。桜の木を背景に、輝くような笑顔の写真になっている。
「本当に、これ、記念になりますね……」
今日のこの日が、一枚のフォトグラフになってスマホにおさめられたということが、まるで小さな宝物を得たような気持ちになった。
「だから、夕侑も、俺にたくさん写真を送ってくれよな」
「獅旺さんも送ってください。楽しみにしています」
「ああ。わかったよ」
そうして獅旺が、夕侑の髪にキスをひとつ落とす。
「離れてると色々心配だからな。いつでも近くに感じていたい」
「僕も、です」
離れると淋しくなる。早く一緒に暮らせるようになりたかった。
「なるべく早く新居を探しておく。毎日連絡も入れる。写真も送る」
「はい」
「必要な物や、不自由なことがあったらすぐにしらせるんだぞ。自分だけで抱えこむなよ」
「はい。わかりました」
素直な返事に獅旺も安心したようで、かるく口づけると、微笑みながら腕をほどいた。
「じゃあ、次の週末には、また来られるように予定をたてておく」
獅旺は大学の他に、家の仕事も手伝っているらしい。ここに滞在している間も、時折ノートPCを使ってやり取りをしていた。
「忙しいんですね」
「たいしたことないさ」
獅旺はポケットにスマホをしまうと、名残惜しげに車に乗りこんだ。
「着いたら連絡入れる」
「はい。気をつけて」
そうしてエンジンをかけ、手をあげて別れの挨拶をするとステアリングを切り、門から颯爽と出ていった。
残された夕侑は一抹の淋しさを感じつつ、けれど数日待てばまた会えるのだという嬉しさに気持ちを明るくさせた。
「――あ」
手にしていたスマホに目を落とし、さっきの失敗した写真のことを思い出す。
「これ、消してくださいって、ちゃんと頼んでおこう」
自分のスマホに入っているものは、すぐに削除する。あまりの下手さに恥ずかしくなった夕侑は、その場で桜を背景に何枚も自分を写し、自撮りの練習をした。
「頑張ってきれいに写せるようにしなきゃな。送られた写真でガッカリされたくないし」
角度や光の入り具合などを考え、場所も色々と移して挑戦する。毎日写真を送って欲しいと言われたからには、腕をあげなければ。
夕侑はその日から、時間を見つけては自分の写真を撮っては消しを繰り返した。ウェブサイトで加工技術も研究し、フレームをつけ、スタンプや字もデザインできるようにする。
そうやってせっせと技術の向上を目指したのだが――。
数日後、再会したときに獅旺のスマホの待ち受けにおさまっていたのは、一番初めに送った、夕侑の変顔の写真であった。
「どうしてこの写真なんですか!」
「いやこれが一番可愛くて」
終わり
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