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茜雲 -side F- 05

 火照った体に、より紅く浮かぶ胸元の鬱血を、糸井は指先でそっと撫でる。  糸川のものである印なのだと言って、彼はこの痕を刻んでくれた。それなら一生消えなければいいのに、と思うが、そうはいってもただの皮下出血なので数日のうちには治って消えてしまうのだろう。  寂しいな、と惜しんでいたら寝室のドアが開いた。 「大丈夫? 喉乾かない?」  下着もつけずにシャツを羽織っただけの糸川が、冷蔵庫から出してきたミネラルウォーターを持って戻ってきた。ボトルの口を開けてベッドから体を起こした糸井に渡すと、シャツを脱いでその隣に潜り込んでくる。  渡された水を一口飲んでサイドテーブルに置くと、すかさず腕を取ってベッドに横たえられた。 「まだ、いっぱいするつもりですけど」  糸川の茶化した言い方に、横向きで向き合った糸井は赤面して笑う。 「……望むところです」 「ふふ。やばいなぁ」  互いの体に腕を回して、ぴったりと肌を合わせる。いっとき布団から出ていた糸川の体がひんやりとして気持ちがよかった。  至近距離で瞳を覗き込まれるとものすごく照れ臭いし、恥ずかしくて顔ごと隠してしまいたくなるけれど、今夜はうつ伏せになることも声を殺すことも禁じられている。今日は絶対だめ、と念を押す糸川に、糸井は素直に従った。 「……ん」  くちづけて舌を絡めると、また興奮が煽られて甘えた声が鼻から抜ける。糸川の膝が糸井の脚を割り、片脚を糸川の腰に巻きつけるように抱えられると、触れ合った中心が膨張しているのが肌に感じられる。  互いにもう二度ずつ吐精しているのに、求め合う気持ちが止まらなかった。 「あ……あ、ん……」  横向きで抱き合ったまま、糸川がゆっくりと腰を進めてくる。先程から何度も糸川を受け入れているそこは、とろりとほぐれて簡単に糸川の太くえらの張った先端を飲み込んだ。 「浅いとこ、好きだよね糸井くん」  甘い声で耳元に囁かれて、糸井は糸川の頭を掻き抱いて頷いた。 「う、ん、好き……きもちぃ……」  はあ、と熱い吐息が漏れる。敏感になって強い性感を生む内側をゆるゆると擦られて、糸井は無意識に糸川を締めつけた。 「ぅ……、僕も、すごい気持ちいい」 「ん……ほんと?」 「気を抜いたらすぐに持ってかれそ……」 「嬉しい……糸川さん、もっと揺らして」 「うん……」  糸川が腰を使うと、ベッドが小さく軋んだ。横たわったままではどうしても大きな動きにはならない。それでも糸川が少し動くだけで糸井はひどく感じて、もどかしい快感に額を枕に擦り付けた。 「ふ、ぅ……あ、あぁ、糸川さん……っ」 「……糸井くん、かわいい」  ぢゅ、と乳首を吸い上げられて糸井はびくんと体を震わせた。勃った乳首を指でこねられると、たまらない疼きに腰が揺らいでしまう。 「は、ぁん、んん、やぁ……」  両方の胸を舌と指とで刺激されて、糸井は片脚で糸川の腰を強く引き寄せた。自然と結合は深まって、糸井は強い快感に身悶える。 「い、糸川さん、どうしよ……」 「うん?」  困惑した声に糸川が顔を上げると、糸井は目に涙を浮かべていた。 「もういきたい、です」  弱音を吐くように訴えた糸井に、糸川はふふっと笑う。 「どうしてほしい? 前、触る?」  その方が手っ取り早く楽になれることを、互いに承知している。けれど迷って、糸井は小さく首を横に振った。 「う、後ろでいきたい……」  恥じらいに掠れた声を聞いて、糸川が体を起こし、糸井の上に覆い被さる。糸井の両手首を掴んでホールドアップするように耳元で押さえつけると、そのまま体重をかけてきた。 (あ……れ、これ……?)  ゆっくりと深まってくるそれが、なんだかいつもより奥まで入り込んでくる感じがして、当惑した糸井は腰を浮かせた。 「え、待って糸川さん、なんか」  一時停止を求めて逃げを打つも、両手首を掴んだ糸川は、逃がしてはくれない。 「奥が、開いてきてるよ」 「……え? なに?」 「入ってきていいよってことだよね?」  ふっと笑った糸川が、ぐっと腰を押しつけた、その瞬間に全身が総毛立った。 「あ!? ……っあ、待っ……」  今まで感じたことのない、電気が走るような快感に糸井はのけぞる。今までそこが一番奥だと思っていた、その先があったことを初めて知った。 「……わ、届いた」  感心したように呟いた糸川が小さく揺する度、ぐりっとその先端が突き当たりにぶつかる。その衝撃が生む強烈な性感に、糸井は急激に追い上げられた。 「あ、い、い、ってる、今いってる」 「うん、わかる。中、すごい痙攣してる」  トントンとその奥の壁を刺激し続けられて、糸井の先端から精液が流れた。射精した、というより、溢れて漏れた、という感覚だった。 「だ、……め、おかしい、おれ……」  全身がこわばって、自分の意思で動かない。目の前がチカチカする。糸川はちっとも激しくは動いていないのに、自分だけいかされ続けている。  わけがわからなくなって、荒い呼吸で糸井は糸川を見上げた。焦点の合いづらい視界の中で、糸川も糸井を見つめている。目が合うと、糸川は微笑んでくれた。  えもいわれぬ安堵に、体のこわばりがとけて、涙が溢れる。  相変わらずもて余すほど強い快感でどうにかなりそうなのに、どうなっても大丈夫だ、とも思う。  糸川に愛されているから。 「……キスして」  泣きながら懇願すると、糸川は掴んでいた手首を放して、糸井の背と首を抱いた。  深くくちづけながら、糸川は糸井の頬を、髪を、愛しげに撫でる。糸井も解放された両手で、糸川の背を撫でて抱いた。 「……僕も、もうダメそう」  糸井の肩口に目元を埋めて、糸川も降伏する。  身の内の深いところで糸川が達した瞬間、糸井はただ素直に、幸せを感じていた。  精魂尽き果てた糸井がギブアップを宣言すると、糸川はざっと糸井の身仕舞いをしてくれて、敷いていたバスタオルを床へ適当に放り投げた。さすがに疲れたのか、いつもほど事後処理をきちんとするつもりはないらしい。  糸井ももうシャワーに行く元気もなかったので、半分うとうとしながら裸のまま糸川の胸にくっついた。その肩を、糸川は抱き寄せてくれる。 「明日、起きたらさ」  糸川は糸井の髪を梳いて毛先を弄びながら、静かに話しかけてきた。 「元気があったら、一緒にどこか出掛けない? 秋物の服がほしいのと、仕事用の靴を新調したいんだ。よかったらつきあってよ」  それは、日曜の過ごし方としては初めての提案で、糸井は少し驚いた。 「……俺、ついてっていいんですか?」 「一緒に行きたいんだよ。おうちデートもいいけど、たまには外に出るのもいいでしょ」 「デート……」 「見たい映画でもあれば、見に行くのもいいね。夕飯も一緒に食べて……夜は糸井くんちまで送ってくからさ」 「えぇ……なんかすごい」  普通の恋人同士みたいだ、と思った。そしてはたと、そうか、恋人同士なのか、と思い至る。  始まりはセフレだったけれど。つき合い始めてからも、ずっとその関係性に自信を持てずにいたけれど。  今はたぶん、ただの好きな者同士で、ついさっき、ずっと一緒にいることを約束したばかりだ。  デートしたっていいんだね。決まった時間に帰らなくたっていいんだね。会いたい、好きだって、言ってもいいんだね。 「……嬉しいなぁ……」  喜びに、少し涙が滲んで、安心したと同時に睡魔に襲われて、糸井の瞼がとろんと落ちた。 「あれ……ああ、ごめんね、疲れさせたね」  気遣う糸川の声に、大丈夫だと返したかったけれど、それはもう言葉にはならなかった。 「――おやすみ、糸井くん」  額に、やわらかいくちびるの感触を覚えたのを最後に、糸井は深い眠りに引き込まれていく。  暗い視界の中に、もう砂時計は現れない。明るい陽光の中で次に瞼を上げたときにも、この幸福は続いていると確信できる。  糸井を探して迎えに来てくれた、あの河川敷の夕暮れから、糸川の気持ちはずっと変わらずに続いていた。それをこれからも信じていくのだ。  これからの二人の想いのすべても、きっとあの茜雲の中にある。 <END>

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