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むすんだその手を 01

 五月終わりの吉日、言葉通り五月晴れの午後、緑豊かな郊外のチャペル。その二階の木漏れ日降り注ぐ明るい廊下で、糸井は新婦が控え室から出てくるのを待っていた。  晴天に恵まれて本当に良かった。きっと今日は二人の思い出に残る最良の日になるだろう。  手元のカメラの露出設定を調整しながらソファーに座っていると、ドアノブのまわる金属音と共に、控え室のドアが静かに開いた。  そこから現れた純白のドレス姿に、糸井は思わず立ち上がる。トレーンの長いエンパイアラインのウェディングドレスに身を包んだ新婦は、眩しいほどの美しさだった。 「円谷……すごく、きれいだ」  お世辞のつもりもなく素直にこぼれ出た糸井の感想を聞いて、元同僚の円谷ははにかんで頬を染める。 「嬉しい、糸井さんにそう言ってもらえて」  その笑顔へ向けて、シャッターを切る。こんなに幸せそうに微笑む子だったのかと、初めて知る思いで。  すると、開いたドアの向こうから、やや拗ねたような低い声が「おーい」と呼びかける。 「なんか俺が言うより糸井に褒められた方が喜んじゃってねえ?」  悋気を隠さずドアから顔を覗かせたのは、こちらもシルバーのタキシードに身を包んだ新郎の芦田だ。 「だって。糸井さんにきれいだなんて言ってもらえるの、たぶん最初で最後なんだもん」  言い返す円谷に、糸井は笑う。 「最後ってことはないだろ」 「えぇ、でも今まで糸井さんにきれいとか可愛いとか言われたことないですよ?」 「それはだって、このご時世、容姿について褒めてもけなしてもコンプラ違反だから」 「じゃあやっぱりこんな機会でもないとこの先も言ってもらえないじゃないですかー」 「……まあそうかも」 「ほらぁー」  頬を膨らませて、円谷は両手を腰に当てる。今日の円谷は、どんな表情でも何をやっても可愛いなと糸井は感心してまたシャッターを切った。  今日は、糸井の同期の芦田と、後輩の円谷との、フォトウェディングの日だ。チャペルの施設を借りたその撮影で、糸井はカメラマンを頼まれていた。  本職のカメラマンに依頼した方がいいと、一度は断った糸井だった。けれどその糸井が撮った素材の数々をよく知る新郎新婦から、是非にと再度依頼され、本当に自分でいいのならと引き受けることにした。  この二人が結婚することになるとは、一緒に働いていた頃には想像もしていなかった。あの頃は円谷には別の恋人がいたはずだ。けれどいつもその関係に悩んでいたようで、糸井も芦田もその相談事を聞かされていた。  半分流して聞いていた糸井とは違って、芦田は親身にその相談に乗っていたようだ。結果的に円谷は、当時の恋人よりも芦田を選び、今日のこの日を迎えるに至ったらしい。 「それでは新婦様、お先に教会の方へご案内いたします」  式場のスタッフが朗らかに声をかけ、ドレスの長い裾を捌きながら円谷を階下へ案内する。じゃあ、と芦田に目配せして、円谷は慎重に階段を降りていった。  廊下に二人残されると、芦田は糸井の隣に並び、肘で軽く小突いてくる。 「元気にしてたかよ」  問われ、糸井は曖昧に笑った。 「ん? ……ああ、うん」 「仕事は? 順調?」 「まあ、そこそこ。まだ始めたばっかだし、軌道に乗るまではもう少しかな」 「そっか」  芦田がソファーに腰を下ろしたのに、糸井も続く。 「会社辞めて独立するって、急に言い出したから驚いたけど。まあ、何とかなってるなら良かった」 「……その節は迷惑かけたよ」  糸井は手を膝に、芦田へ向けて頭を下げた。無精をして伸びた横髪が、はらりと流れて影を落とす。  一年ほど前、糸井は勤めていた出版社を辞めた。今はフリーランスのデザイナーとして、書籍の装丁以外にもウェブデザインや広告など、手広く手掛けている。食っていくためにできることは何でも、という感じなのでなかなか忙しい。  芦田と円谷が結ばれたのは糸井が会社を辞めてからすぐのことだったようで、今回の話をもらったときは大変驚いて、そしてとても嬉しかった。二人は糸井にとって、長く一緒に仕事をした数少ない仲間だった。  頭を下げた糸井に、それはいいんだけど、と言った芦田は、言いにくそうに口元を覆った。 「……なあ。会社辞める半年くらい前……去年の年明けくらいかな。おまえ、無茶な仕事の仕方してて、何かあったのかって俺訊いたじゃん」 「ああ……、うん」 「そしたらおまえ、失恋したって。つき合ってた人と別れたって言ってただろ」 「うん」 「……その相手って、もしかして男だったりした?」 「ええ? なんで?」  芦田からの唐突な問いに、咄嗟に糸井はそんなわけがないというリアクションをした。糸井は会社でカムアウトはしていなかった。これからも実生活で性的指向をオープンにするつもりはない。  けれど芦田はどこかその疑いに確信めいたものを持っているらしく、だよな、そんなわけないよな、などどは返さなかった。 「俺、その後何回か合コンセッティングしたりしたじゃん。失恋の痛手は新しい恋で癒すんだーとか言って」 「うん。それも世話になったよ。全然成就しなくて悪かったけど」 「うん……いろいろ合わなくて残念だったって、あん時も言ってたけど。なんか、……合コンで女の子と話さなきゃってがんばってる割に、つき合うとかそういうことには、すごく後ろ向きな感じがして」 「……」 「もしかして女の子、苦手なんじゃないかって思ったんだ。もしそうなら、俺も勝手に外野で盛り上がって、何回も合コンつき合わせて悪かったなと思って」  真剣な顔で糸井を見つめて、今度は芦田が頭を下げる。 「考えが浅くてすまんかった。糸井が誰を好きでも、おまえが幸せなら俺はそれでいいんだ」  その眼差しを受けて、糸井は芦田の問いに困惑しているふりをするのをやめた。ここまで察して配慮してくれた芦田は、きっと糸井の性的指向について差別的な考えは持たないだろう。 「……ごめん。せっかく俺のためにいろいろ考えてくれてたのに。でも俺、あの合コン自体はありがたかったんだ。それは本当なんだけど、でも」  それでも友人へカムアウトすることへの緊張に、握った拳の中が汗ばむ。いつかの家族との失敗が、いつだって糸井の中の楔になっている。 「……芦田が理解してくれるなら、それも嬉しいし、心強い」  少しこわばった笑みを向けると、芦田は照れたように眉を下げて笑った。 「なんだよおまえー! そういうことは早く言っとけってんだよ。あっ、でも悪かったな、俺は円谷の夫になる身なんで、糸井に好かれたとしても気持ちには応えてやれな」 「んー大丈夫、芦田は全然好みじゃないからその心配は一切不要だわ」  軽口を遮って告げた糸井に、芦田は大袈裟にショックを受けた顔を作って見せる。 「全然好みじゃないとか言われると、それはそれで傷つくぅ。ほんとおまえって柔和そうに見えて性格塩よね」 「? そうかな」  言いながら、そういえば三島にはかわいくないとかいい性格してるとか、そういうことを何度か言われたことがあるのを思い出した。 「普段は人当たりいいけどさ、本性はって話!」  自覚していなかった自分の性格についての指摘に、糸井はなんだか妙な納得感を覚えていた。

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