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第16話
「櫂斗、こんな状況で何も話さない俺を不信に思うかもしれない。けど、これだけは言える」
亮介は辛そうな顔をしているけれど、強い瞳で櫂斗を見る。櫂斗はその視線にドキリとして、視線を逸らしてしまった。
「俺は櫂斗の事が好きだ。記憶が無いままでもいい、俺と付き合ってくれないか?」
ずっとそばにいたい、と言われ、櫂斗は顔が熱くなる。
「き、来島さん……」
櫂斗は亮介の視線を感じると、何故落ち着かなくなるのだろう、と思う。でも、その目は嘘を言っているようには見えない。過去と何か繋がりがあるのだろうか? けれどそれは亮介しか知らない。
「櫂斗……」
優しい亮介の声がする。櫂斗はこの声が好きだと思った。入院してからずっと、お見舞いにきてくれている亮介の行動を、信じていいだろうか、と櫂斗は悩む。
(少なくとも、おれの母親よりはおれの味方だ)
そう思い、櫂斗はポツリと言った。
「まだおれ、身体の回復が優先になってしまうけど……一緒にいてくれますか?」
顔が熱い。櫂斗は亮介に握られた左手に力を込めた。すると亮介も、力強く握り返してくる。
「もちろん。手伝える事は何でもする……これは告白の返事だと受け取っていいのか?」
強いけれど、優しい目で櫂斗を見る亮介に、櫂斗は頷いた。すると亮介は目尻を下げて笑う。
「……っ」
櫂斗はその顔に、またカッと顔が熱くなるのと同時に前にもこの顔を見た、とハッキリ思った。そこから記憶が辿れそうだったけれど、どのようなシチュエーションで見たのかは思い出せない。
「どうした?」
考え込んだ櫂斗の顔を、亮介が覗き込んでくる。
「いえ……来島さんの笑った顔、前にも見たってハッキリと思ったんです。けど、他には何も思い出せませんでした」
櫂斗が苦笑すると、亮介は「無理しなくていい」と頭を撫でる。心地よい仕草に櫂斗の胸はキュンとなった。
「じゃあとりあえず……敬語はやめるか」
「はい……あ、うん……」
付き合う事になったんだから、と亮介にそう言われ、思わず出た返事がそれだった。二人して笑うと、今度は呼び名はどうする? と言われる。
「前は……お互い名前では呼んでなかったな。今更だけど、櫂斗って呼んでいい?」
「うん。……じゃあ、おれは……亮介?」
「何で疑問形なんだよ」
名前を呼ばれた亮介は嬉しそうに笑う。それが嬉しくて櫂斗も笑った。
すると、亮介は大きなため息をついてうなだれる。どうした、と櫂斗が聞くと、彼は顔を伏せたまま切なげな声で言う。
「あー……キスしてぇ……」
そんなに切実なの? と櫂斗は笑った。だって、と亮介は顔を上げる。
「だって櫂斗、ちょっと厚めの良い唇してるから……」
吸い付きたい、と言われて櫂斗は顔を赤くした。じゃあする? と聞くと、止まらなくなる自信があるから無理、と言われ櫂斗はまた笑う。
(でも、何となくだけど……おれも亮介の事が好きだったような気がする)
彼の視線が気になったり、声が心地よかったり、笑った顔を見たことがあると思ったり。
そう思うと、胸の辺りが温かくなった。けれど、気になるのは亮介が後悔している事と、櫂斗が自害しようとしていた事だ。その二つが繋がっていて欲しくない、と櫂斗は思う。
(でも、やっぱりおれは亮介の行動を信じよう)
どうかこの選択が間違っていませんように。
櫂斗は心の奥底で、そう願った。
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