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第26話 亮介視点1

ゴールデンウィークのある日の夕方、亮介はある事を画策していた。 明日は久々の一日オフの日、そして世間的にも休み、そしてもちろん、櫂斗も休みだ。 亮介は櫂斗に内緒で怜也(れいや)(はじめ)に連絡を取っていた。二人とも今日の夜は空いていると言ってくれ、もうじき自宅に来る予定だ。 怜也と肇は高校生の時からの友達だ。特に怜也は学校が同じで、彼の趣味のコスプレを通して、肇とも仲良くなる。面食いだと自覚する亮介の、お気に入りの二人だ。 (肇は……相変わらず可愛いんだろうな) そして一時期、亮介は肇に恋心を抱いていた時があった。しかしその時に肇は別の人が気になっていて、諦めつつサラリと告白して案の定振られ、そんなにダメージを受けなかった亮介は、こんなものか、と思っていた。 しかし、その後遊びまくって落ち着いた頃、出逢った櫂斗に対しては今までの自分とは何かが違っていた。 亮介は当時を思い出す。 何がなんでも近付きたい、そんな感情が湧き上がって、駅のホームで見かけた櫂斗を追いかける。たまたまこれから行く仕事場所が同じ方向なのも運命だと思い、一緒に並んで電車に乗り込んだ。 本当に綺麗な子だな、と思った。背が低いのもあるかもしれないけれど、ワイシャツにスラックスが幼く見える顔にはアンバランスで、社会人なら帰宅か、帰社かのどっちかかな、と思っていた時だった。 彼の肩が小さく震えたのだ。 どうしたんだろう? と思っていると、櫂斗の後ろでねっとりした視線を櫂斗に送る男がいた。亮介はすぐに男が何をしているのか勘づいて、視線だけを巡らせる。そして、やはり男は櫂斗のお尻を触っていた。 駅に着く直前に男のその手を捕まえ、降りるように言うと、櫂斗は目を丸くしてこちらを見ていた。小動物を彷彿させるその顔に、亮介はますます可愛いと思ってしまう。電車を降りたところで隙をつかれて痴漢を逃がしてしまい、落ち込んで櫂斗の心配をすると、彼は思いもよらない力で胸ぐらを掴んできた。前のめりになった亮介は間近に櫂斗の顔を見ることになり、見惚れる。 「どう責任取ってくれるんだよ? あんたが相手してくれんのか?」 櫂斗はそう言った。その挑むような顔に、亮介の勘が働く。 少しタレ目の瞳は、今はこちらを睨んでいる。スッキリした小鼻と、少し厚めの唇に、今すぐ吸い付きたいとさえ思った。 間違いない、コイツは俺と絶対相性が合う、と。 そう思ったら尚更逃がせなかった。掴んだ腕を引っ張ると彼は慌てたけれど、その時の嗜虐心をそそる顔に、亮介は勘が確信へと変わる。 亮介は肩を震わせた。あの時の櫂斗の顔は、今でも忘れられない、とニヤける口元を押さえる。 いかんいかん、と亮介は気持ちを切り替え、キッチンで準備をする。サラダと唐揚げ、フライドポテトと飲みには欠かせないものばかりだ。 普段ご飯を作るのは櫂斗に任せきりだけれど、楽しい事をするなら身体は軽い。 すると、インターホンが鳴る。カメラで見ると、怜也たちが来ていた。亮介はすぐに出迎える。 「よーお、何か久しぶりだな」 怜也が両手に袋を持って入ってくる。中身は、酒だ。 「ちょっと多くないか?」 「ごめん亮介、止めたのに怜也聞かなくて……」 肇も入ってきた。亮介は挨拶代わりに、相変わらず肇は可愛いな、と笑う。 とりあえず二人をリビングに案内し、亮介はいそいそと準備を再開した。 「何か手伝うか?」 肇がそばに来た。童顔で背が低い彼は、女性キャラクターのコスプレもするだけあって、中性的な印象があり、大きな目でこちらを見てくる。未だ高校生に間違われるらしいけれど、それは仕方がないと思った。 「いや、大丈夫だ。……おい怜也、お前は手伝え」 「何で俺だけ!?」 怜也は文句を言いながらこちらに来る。長い付き合いなので遠慮は皆無だが、怜也は怜也で二次元から出てきたような、キラキラしたイケメンだ。性格を除いては。 元々カメラを趣味にしていただけあって、美しいもの、可愛いものが好きな亮介は、顔面偏差値が爆上がりしたリビングを見て、嬉しくなる。 「……で? 突然宅飲みしようって誘ってきた理由、そろそろ教えてくれない?」 怜也は、できた料理をローテーブルに運びながら聞いてきた。 「ああ、同棲相手が春から転職したんだ。遅くなったけど、お前らにも紹介したかったから」 「えっ、同棲!?」 怜也が驚く。や、や、やるなぁ、亮介も、とあからさまにうろたえた怜也の反応が面白くて、亮介は笑った。怜也は亮介がゲイだと知っているけれど、耐性はあまりないのでからかうのが楽しい。 実はコルクボードに写真が貼ってあるけれど、怜也は気付かないだろう、と何も言わずにいる。気付くとしたら、肇だ。 案の定肇は、コルクボードを見て、真洋と仕事してるって本当なんだな、とか言っている。 「ってか、俺らの写真これ何年前のだよ?」 こんな古いのばっか貼るな、と肇は口を尖らせる。亮介はまた笑った。 「それ見て嫉妬する姿が堪らないんだよ」 「趣味悪い」 肇は吐き捨てるように言うと、この人だろ、と櫂斗の写真を指す。櫂斗は、亮介がわざと肇ばかりが写った写真を貼ってると、気付いているだろうか? 「美人だな……」 「可愛いだろ?」 「お前ホント面食いだよなー」 三人でそんな話をしていると、玄関ドアが開く音がした。櫂斗が帰ってきたのだ。 「亮介? 誰か来てるのか? それならそうと連絡くれれば、何か買ってきたのに……」 そう言って入ってきた櫂斗を、亮介は笑顔で迎えた。 「おかえり櫂斗。俺が用意したから大丈夫だ」 紹介するな、と亮介は櫂斗の肩を抱くと、案の定彼は離れようとする。 「同棲してる櫂斗だ。そしてこっちが怜也、こっちが肇な。高校の時の友達」 「肇……」 亮介が怜也と肇を紹介すると、また思惑通り櫂斗は肇に反応する。亮介はそれに気付かないふりをして、櫂斗に笑顔を向けた。 「櫂斗の転職祝いに来てもらった。遅くなったけど、おめでとう」 「あ、ありがとう」 櫂斗の顔が綻ぶ。けれど、戸惑っているのが分かったので、とりあえず待ってるから着替えてこい、と促した。 「おい亮介。オレをダシに使うな」 櫂斗がリビングを出ていくと、心底迷惑そうに言う肇。彼は可愛い顔していつでも直球で気持ちが良い。隣で怜也がどういう事? とか言っている。 「実は、櫂斗は酒が入ると面白くなるらしい」 実際には亮介も知らないのだが、目的を達成するには二人の協力が必要だ。 そう、櫂斗にお酒を飲ませたらどうなるのか、亮介はどうしても知りたかったのだ。そこで二人には、それとなく櫂斗にお酒を勧めるように頼む。肇はやはり乗り気ではなかったが、怜也はそれとなくな、と了承してくれた。 櫂斗がリビングに戻ってきた。いつもの部屋着ではなく、Tシャツにジーパンだったので、それもいいな、と心の中で萌える。 「さあ、主役も来たことだし、始めるか」 「櫂斗さんは何飲みますー?」 早速怜也が櫂斗に聞く。コレとかオススメですよ、と缶チューハイを袋から出していた。しかし櫂斗はソフトドリンクないですか? とか聞いている。このメンツでも、飲みたがらないのは予測済みだ。 「何だ、主役なのに飲まないのか?」 亮介がそう言うと、櫂斗は一瞬こちらを睨む。オレ酒弱いから、とコーラに手を伸ばしていた。 「ウーロンハイなら飲むだろ? ちびちびと」 亮介はその手を捕まえ、いつか聞いた情報を口にすると、観念したのか、じゃあそれで、とウーロンハイの缶を受け取った。事前に怜也に連絡して、ウーロンハイを買い物リストに挙げたのは正解だ。 「じゃあ俺ビール~」 「あ、俺も」 怜也と亮介はビール缶を取り出し、肇はキッチン借りるな、と言ってコップに焼酎の水割りを入れてきていた。意外に肇は酒の好みは辛口だ。 「じゃ、乾杯っ」 怜也が何故か音頭をとる。しかし誰も文句は言わず、お酒に口を付けた。亮介はチラリと櫂斗を見ると、彼は一口飲んだだけで、缶を机に置いている。 「ところで、櫂斗さんはどこに転職したの?」 さすがコミュ力はこの中で一番の怜也、場を持たせようと考えるまでもなく、会話が進んでいく。 「私立高校です。現国を担当してて……って言うか、呼び捨てで良いですよ」 櫂斗は愛想笑いで答えた。先生かぁ、頭良いんだな、と頭の悪そうな事を言う怜也に、肇も笑っている。 「お二人は? どんな仕事をされてるんですか?」 「俺はおもちゃメーカーの営業」 怜也はちゃっかり名刺を出して、櫂斗に渡した。受け取って見た櫂斗は、大手企業じゃないですか、と驚いている。 「肇さんは?」 「雇われ店長」 肇は水割りを飲みながら無愛想に答えた。どうやら、少し人見知りが発動しているらしい。亮介がフォローする。 「レストランの店長。肇の料理は美味いから、今度一緒に行くか」 「あ、うん……そうだな」 櫂斗は適当に返事をしている。それに気付いた肇が無理しなくていいぞ、と言うと、櫂斗は驚いた顔をし、それから微笑んだ。その表情の移り変わりの美しさに、亮介は惚ける。そう思ったのは肇も同じみたいで、櫂斗は綺麗だな、と呟いた。 「え、オレ? ……そうかな?」 「あ、肇~、浮気か? 彼氏に言うぞ?」 怜也が茶化す。肇は、どうやって言うんだよ連絡先知らないだろ、と真面目に答えていた。 「彼氏さんがいるんですか?」 やはりそこに引っかかったらしい櫂斗は、肇に聞いている。そこから何故か二人は話が盛り上がり、意気投合していった。元々頭の回転が早い二人だし、肇は裏表が無く、一度受け入れたら打ち解けるのは早い。櫂斗の方も職業柄、話しやすさがあるし聞き上手だ。そして何より、櫂斗のお酒を飲むペースが上がり、しっかり飲んでくれていることに気付く。 (肇、多分意図してないだろうけど、グッジョブ) 櫂斗にお酒を飲ませることに乗り気ではなかった肇が、結果的にお酒を進めていて面白いと思う。 「あー、何か久々に楽しい酒の席だ」 ありがとうな、と笑う櫂斗。亮介も笑った。 「もう一本飲むか?」 「おう」 亮介がまたウーロンハイを冷蔵庫から取り出すと、櫂斗は機嫌良く受け取る。一本開けただけだというのにその顔はうっすら赤く、弱いと言うのは本当なんだな、と亮介は思った。 ふと、亮介はもよおして席を立つ。楽しそうに笑う櫂斗を見て、何も無いのに何故人前で飲まないのだろう、とトイレに向かった。 用を足してトイレから出た途端、怜也の悲鳴と櫂斗の笑い声が聞こえた。するとバタバタとリビングから出てきた肇が、口元を覆って、亮介にあいつを止めろと叫んでいる。 何があった、とリビングに入ると、しんとしたリビングに、固まって動けない怜也と、その怜也に舌を絡ませてキスをしている櫂斗がいた。そして亮介は、人前で飲みたくないと言った櫂斗の理由を知る。 「……酔うとキス魔になるのか」 「感心してないで止めてくれ!」 怜也が叫ぶけれど、櫂斗がまた怜也の顔を自分の方に向けて、その唇に吸い付いている。 「おい櫂斗」 「ふぁ?」 大股で近づいて上機嫌でキスをしていた櫂斗を引き剥がすと、彼はほわんとした顔でこちらを見た。普段からは想像できない程の、締りの無い顔を見て、何故かそれが下半身にズクン、と響く。 「亮介だぁ……」 ヘラっと笑って櫂斗は抱きついてきた。しかし、その視界の先に肇を見つけると、そちらへ四つん這いで近付いていく。 「や、ちょっと櫂斗!?」 「肇は裏表無くて好きー。それから……可愛い顔してるよねぇ」 オレ可愛いの、好き、と櫂斗はジリジリと肇に詰め寄る。後が無くなった肇は、亮介に助けを求めた。 「亮介っ、コイツ何とかしろよ!」 「櫂斗、誰彼構わず襲うんじゃない」 亮介は仕方なく櫂斗を肇から引き剥がすと、お前はここな、と自分の膝の上に座らせた。肩に腕を回して抱きついてきた櫂斗は、そのまま亮介の頬やら顎やらに吸い付いてくる。 「誰でもいい訳じゃないよぉ、オレの好みのヤツにしかしないもん」 一体誰だという程、甘ったるい喋り方をする櫂斗は胸元まで赤くなっていて、潤んだ瞳で見つめてきた。 「肇と怜也は好みなんだな?」 亮介の対角線上に避難した二人は、酒で喉を潤している。 「うふふ、好きー」 櫂斗はコロコロと笑った。普段との変わりように、これは周りもビックリするわな、と納得する。ともあれ、目的は達成し、予想通り面白いものが見れた。 (しかし……これはヤバイな) 本人は自覚が無いだろうけど、櫂斗は間違いなく美形の部類に入る。面食いの自分が言うから間違いない。 そいつが、酒のせいとはいえ顔を赤らめて、潤んだ瞳で見つめてキスをすれば、勘違いするヤツもいるだろう。櫂斗の言っていた失敗とは、それの事だろうか。 「んー……亮介の匂い……すき」 とろとろ、ふわふわとした感じの櫂斗は普段とは違った甘い色気を垂れ流している。チューハイ一本でこうなるなら、これからも積極的に飲ませていきたい。 「何か……いつもこうなの?」 「いや、いつもは全然素直じゃない」 怜也が顔を赤くして聞いてくる。完全に酒のせいだと言うと、ホント、ドキドキしちゃったよ、と怜也は苦笑した。 「まさか惚れたとかじゃないだろうな?」 「は? ないない!」 怜也は慌てた様子で両手を振っている。怜也は肇という例外があるものの、基本女性が好きだ。 「肇、大丈夫か?」 肇は無言で頷いた。どうやら、喋る気力も無いらしい。しかしその間もずっと、櫂斗は亮介にキスをしたり、スリスリしたりしていて鬱陶しい。 「櫂斗、お前酔っても俺以外にキスするんじゃないぞ」 「わかったぁ……んふふ」 亮介はそう言うと、櫂斗は返事をするものの相変わらずチュッチュしている。さすがに鬱陶しさの限界にきたので、櫂斗の顎を持ち上げその厚めの唇に吸い付いた。 「わっ、ちょっと亮介っ」 怜也が叫んでいる。けれど、構わず亮介はそこに吸い付き唇を甘噛みし、舌を出して彼の唇と上顎を舐めた。ひくん、と櫂斗の身体が震え、甘い吐息が出てくると、亮介は唇を離す。 「ふぁ、あ……」 「ちょっと大人しくしてろ」 今のキスで力が抜けたらしい櫂斗は、くたりと亮介にもたれかかってきた。 「……どうした?」 亮介は固まっている二人に声をかける。 「いや、大人しくさせるにしても、他の方法あるだろって……」 顔を赤くした肇が視線を逸らした。怜也に至っては、両手で顔を覆って「ナニモミテマセン」と言っている。彼らには刺激が強かったようだ。 「でも、何だかんだで亮介も櫂斗の事大好きなんだな」 お似合いだわ、と肇に言われ、どうしてそう思う、と聞いてみる。肇は笑った。 「櫂斗が帰ってきてから、櫂斗ばっか見てる。自覚無いのか?」 「……」 正直自覚は無かった。自分に対しては鈍い肇だけれど、観察眼のある彼はやはり可愛いな、と亮介は苦笑する。 「んー、りょーすけー……」 肇と話していると、櫂斗がまたスリスリしてきた。肇は、ほら嫉妬させて遊んでると、痛い目みるぞ、と笑う。 「痛い目は……もうみたからいい」 亮介はそう言って櫂斗の頭を撫でた。肇と怜也になら、櫂斗との出逢いを話してもいいかな、と思う。 肇は、だからそんなに優しい目で見てんのか、と言う。怜也は、亮介はニヤニヤしてるのがデフォだからな、と笑った。 「なーに笑ってるのー? オレもまぜてよ……」 そう言ってキスをしてくる櫂斗に、お前の話だよ、と亮介は笑った。 「なぁ、りょーすけもチューしてくれよー」 「さっきしただろ」 あんなのじゃ足りない、とぎゅうぎゅう抱きついてくる櫂斗に、亮介はため息をついた。これはもう、気が済むまで付き合ってやるしかないようだ。 「オレら、帰った方が良さそうだな」 何故か肇が察してそう言ってくれる。怜也は分かっていないらしく、何で? と言っていた。 悪いな、と亮介が言うと、肇に今度は櫂斗に飲ませずやろうぜ、と言われ、亮介もその方が良いと思って頷く。 「怜也、帰るぞ」 「ちょっと待ってっ、唐揚げだけ食べたいっ」 怜也は唐揚げを手掴みで頬張ると、立ち上がって帰る支度をした。肇もリュックサックを背負う。そして、また近いうちに会おうと約束して、怜也と肇を送り出した。

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