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第30話 全力で愛してくれ1
「え? 来週からロケで一ヶ月帰ってこない?」
堀内 櫂斗 が恋人の来島 亮介 から、それを聞いたのは、七月の下旬、学生が夏休みに入った頃だった。
「ずいぶん急に言うんだな」
櫂斗はできた夕食の回鍋肉を食卓に運びながら、亮介を見る。彼はノートパソコンで何かを打ち込みながら「ああ」と素っ気ない返事をした。
(あ、こりゃ仕事モードだな……)
櫂斗はそれ以上何も言わず、そっと食卓に食事を並べていく。亮介は集中していると寝食を忘れるらしく、この状態なら櫂斗が何を言っても聞いていない事が多いので、話は食事の時にしよう、と櫂斗は諦めた。
亮介は人気アーティストの真洋 が所属する、芸能事務所のカメラマンだ。真洋が以前仕事をしたカメラマンから紹介され、事務所の社長が直々にジャケ写の依頼をしたのがきっかけらしい。
(よりによって夏休みと重なるのか)
櫂斗は内心ため息をついた。
櫂斗は全寮制男子高校の教師だ。自身も男子校にいた櫂斗としては良い思い出がないので躊躇ったけれど、引き抜きに来た理事長の甥が櫂斗の仕事を高く買ってくれ、話を引き受ける事にした。
夏休みとはいえ受験生相手に講座を開いているので、休みは普通のサラリーマンと変わらない。お盆休みくらいはあるので、そこで亮介とどう過ごそうかと考えていたのに。
(旅行とか、行けると思ったけどな……)
しかも一週間前に言うとは、と櫂斗の気分は落ち込んだ。日帰りでもいいから、亮介と非日常を楽しめると思っていたので、残念で仕方がない。
紆余曲折あって付き合い始めて七ヶ月。櫂斗の大怪我もあり、身体が元に戻るまで色々と控えていた部分があったけれど、もう元の生活に慣れたし、セックス以外に恋人同士らしい事をしてみたいと思っていた矢先だった。
櫂斗は二人のお茶碗を食卓に置くと、亮介に声を掛ける。
「亮介、ご飯できたよ」
「ん、ああ……サンキュ」
そうは言うものの、亮介はパソコンから目を離さず、手も止めなかった。眼鏡の奥の二重の目がじっと画面を見ていて、その真剣な眼差しについ見蕩れてしまう。
(ハッ……だめだ、見蕩れてる場合じゃない)
気を取り直し、櫂斗は亮介の肩を叩く。
「亮介」
すると彼は画面から目を離した。櫂斗と視線が合うと、目尻を下げて笑う。
「わり、集中してたな」
「ううん。……食べよう」
亮介はパソコンを閉じて自室に持っていく。戻ってきた彼は「さっき何か言ってたか?」と聞いてきた。一応、話し掛けられていたのは気付いたらしい。
「ずいぶん急に言うんだなって」
櫂斗はそう言うと、亮介は苦笑する。
「悪い。社長の思いつきで、廃校を貸し切ってMV 撮ることになったんだ」
どうやら今回の仕事は、学生が主人公で、青春がテーマの曲らしい。
「思いつきって……そんな急に撮影場所とか確保できるもんなのか?」
「いや……俺にだけ言うの忘れてたとか言いやがったから、わざとだな」
亮介は顰め面をして手を合わせた。櫂斗もいただきます、と手を合わせる。
「何で言わなかったんだ?」
回鍋肉を頬張りながら聞くと、亮介は顰め面のまま答えた。
「アイツ、俺がどれだけできるか試してんの。あれこれ指示して、でかい仕事をチラつかせて……ああ全部やってやるよ」
最後は吐き捨てるように亮介は言う。
櫂斗は一度だけ、亮介がアイツ呼ばわりする社長に会ったことがあるけれど、一筋縄ではいかない人だと言うのはその場で分かった。女装した男性だったけれど、その辺の女性より美人だったな、と櫂斗は思い出す。
(だから、隙間時間さえ惜しいのか)
納得した櫂斗は、今日櫂斗が帰ってからずっと、亮介がパソコンで仕事をしている事に合点がいった。
「だから櫂斗、また次の大型連休まで旅行はお預けな」
「な……っ」
何で分かるんだ、と櫂斗は顔が熱くなる。亮介はニヤリと笑った。
「俺のパソコンで検索したからだろ? 履歴も消さないで、バレないと思う方が不思議だ」
「う……」
パソコンの知識は浅い櫂斗だから、詳しい亮介には敵うはずがない。櫂斗は誤魔化すようにご飯を口にする。
「エロサイトは見なかったんだな」
ニヤニヤ笑いながら亮介は言った。さすがにそれは自分のスマホで見る、と思ったけれど、口には出さない。
二人はご飯を食べ終わると、食洗機に食器を入れる。櫂斗は亮介の手を止めた。
「あとはやっておくから、亮介はいいよ」
「は? いつも櫂斗が作ってくれるから、俺が片付けしてるんだろ?」
案の定俺がやると言われ、櫂斗は首を横に振る。時間が無いんだろ? と言うと、ため息をついて抱きついてきた。
「お前は……良い嫁さんになるよ」
「嫁かよ」
櫂斗はクスクスと笑うと、その唇に吸い付かれる。唇が離れると、亮介は優しい目をして櫂斗を見ていた。
櫂斗は亮介の目が好きだな、と思っていると、もう一度、もう一度と彼はキスをくれる。
「ん……」
思わず櫂斗は声を上げて亮介を抱きしめた。すると彼の中でスイッチが入ってしまったのか、触れるだけのキスが性感を高める深いキスに変わる。
「ちょ、時間無いんだろ?」
唇が離れた時にそう言って、櫂斗は離れようとするけれど、亮介は許してくれなかった。そして彼の強引さに困りつつも、許してしまうのだ。
「櫂斗……」
「な、に……?」
はあ、と息を吐いて亮介を見ると、彼は強い眼差しで櫂斗を見ていた。その視線に櫂斗は心の中まで丸裸にされたようで、落ち着かなくなる。
亮介が櫂斗の頬に手を当てた。それだけなのに櫂斗はビクンと身体を震わせ、下半身に熱が溜まっていくのだ。
(亮介の視線が……やばい)
時間が無いのに、と櫂斗は亮介の視線だけで興奮していく身体を抑えようとした。けれど快楽に弱い櫂斗の身体は、勝手に期待してどんどん熱くなっていく。
「亮介、仕事は……?」
「ん? こうやって、櫂斗で遊ぶくらいの余裕はある」
「……っ」
触らせて? イクところが見たいと言われ、櫂斗はやっぱりからかわれていた、と顔が熱くなった。
時間が無いとか言いながら、亮介が本当に余裕無くギリギリに済ませる事なんて無いのだ。本当、いい性格してるよな、と心の中で嫌味を言うと、亮介はニヤリと笑う。
「本当に余裕無かったら飯も食わねぇの、知ってるだろ」
「お前ホント性悪だよな」
櫂斗は亮介を睨む。けれど、亮介はそんな櫂斗を見て嬉しそうに笑うからタチが悪い。
「お前はホントに可愛いな」
「……っ、んっ」
櫂斗は耳たぶを甘噛みされ、肩を竦める。するりとシャツの中に手が入ってきてお腹を撫でられ、そのままその手が上に移動し、乳首の周りを撫でられた。
亮介は再び櫂斗の唇に吸い付く。唇をチロチロと舐められ、くすぐったさとゾクゾクするのとで身体がヒクンと震えると、キッチンのシンクに押し付けられた。
「ちょっと……ここで?」
「いつもと違う場所は、燃えるだろ?」
「いや、せめてシャワー浴びたい。汗かいてるし」
「……そっか。そうだよな」
珍しく亮介が肯定したかと思ったら、シャツをまくりあげられ、乳首に吸い付かれた。
「んっ! ちょっと、話聞いてるのかよっ?」
櫂斗は亮介の頭を胸から離そうとおでこを押すけれど、亮介の愛撫が気持ち良すぎて力が入らない。反対側の乳首も指で弾かれ、櫂斗の下半身は一気に熱くなった。
「……ホントだ、汗でしっとりしてる」
口を離した亮介はニヤリと笑って、悪くねーよ、と再びそこに吸い付く。櫂斗は思わず顔を顰めて、口元に手の甲を当てた。
「んっ、んん……っ」
実は強引にされるのも悪くないと思っている櫂斗は、この状況にも興奮する。マゾっ気があるのは自覚しており、亮介との出会いも、自ら痴漢されていたところを、本当に被害に遭っていると思った亮介に助けられたという経緯がある。
「り、亮介……」
櫂斗は彼氏の名前を呼ぶ。快楽に弱い櫂斗は、もう声が震えていた。亮介は唇が付きそうな距離で手を止めて櫂斗を見る。
「やっぱここじゃ……」
ちゃんと最後までしたい、と消え入りそうな声で櫂斗は言うと、亮介はクスリと笑った。
「分かった、可愛がってやる」
櫂斗は、亮介の優しいキスを受け入れた。
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