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第36話 全力で愛してくれ7
ほんの少しだけ期待して家に帰ったけれど、部屋は暗いままだった。
リビングのソファーにバッグを置くと、櫂斗は思い当たる所に電話をかけてみようと、考えを巡らせた。
文房具などが入っている引き出しに、亮介の名刺が入っている、まずは会社にかけてみた。事務員さんらしき人が出てくれたけれど、亮介との関係性を言えなくて不審がられてしまう。さらに社長なら知っているかもと思って、晶 の名前も出すけれど、ますます怪しまれて通話を切られてしまった。
「……あと、亮介が行きそうな所……」
櫂斗は唇を噛む。櫂斗が嫌がるからと、亮介の交友関係の場に、あまり行かなかったのがここにきて仇になっていた。
「……肇と怜也……」
櫂斗が知っている唯一の亮介の友達だ。しかし、連絡先まで知らない。
「怜也の名刺っ」
櫂斗は怜也から連絡先を貰ったのを思い出し、それを探し出す。営業だと言っていたから、多分連絡がつきやすい携帯電話の番号も載っているだろう、と見てみたら当たりだった。
櫂斗はすぐにその番号にかけてみる。すると、営業用の挨拶で怜也は出てくれた。
「あの、怜也さん……堀内……堀内櫂斗です」
『え? 櫂斗って……亮介のとこの?』
急にどうした? と怜也は心配して聞いてくれた。すると、急に涙が込み上げてきて、櫂斗は涙声になってしまう。
「すみません……亮介と、ケンカして……」
彼の行方が分からない、と櫂斗は泣きながら言った。怜也は亮介との仲を知っているから、櫂斗は緊張の糸が切れてしまったようだ。ズルズルとその場に座り込んだ。
『そっか。櫂斗、今から言う番号メモできる?』
櫂斗は慌ててメモとペンを用意する。伝えられたのは、怜也のプライベートな番号だった。その番号からかけ直すから、一旦切るな、と言われ、櫂斗はすぐにかかってきた電話に出る。
『それで俺のところにかけてきたのか。名刺渡しておいて正解だったわー』
グッジョブ俺、と自画自賛している怜也に、櫂斗は泣きながら笑った。
『それで? 肇の所にはいなかったのか?』
「それが、肇の連絡先を知らなくて……」
『そうかー。肇は……今から店のピークだもんな……俺から連絡して、櫂斗に連絡するように言っておこうか?』
仕事してるからすぐの連絡は期待できないけど、と怜也は言うが、そこまでしてもらえるなら充分だ。お願いしますと言って、通話を切った。
グズ、と櫂斗は鼻水をすする。とりあえず着替えよう、亮介探しはその後だ、と部屋着に着替えた。おかげで少し冷静になれて、落ち着こう、とお茶を取り出した時だった。
スマホが着信を知らせる。知らない番号だ。
「もしもし?」
『櫂斗? 肇だ。お前大丈夫か?』
怜也から、櫂斗が泣きながら亮介を探していると聞いたらしい、心配して仕事中にも関わらず、かけてきてくれたのだ。怜也心配で……」
『そうだよな。悪ぃ、仕事さえ無ければすぐそっちへ行ってやれるんだけど』
「え、いや、大丈夫っ。亮介から連絡があったら教えて欲しいってだけだから」
『……とにかく、切り上げられたら一旦家に帰ってそっちへ行く』
どうしてか肇は櫂斗の所へ行きたいようだ。何故かはすぐに分かった。
『変な気、起こすんじゃないぞ』
「……っ」
肇はそう言って、通話を切った。櫂斗は大きく脈打つ心臓を宥めようと、大きく息を吐く。
肇は知っているのだ、櫂斗が以前自殺未遂をした事を。だから余計に心配している。怜也の態度とは違ったのは、怜也は知らされていないからだ。
誰が話したのか? 亮介以外にいない。
よりによって肇に話すとは、亮介も嫌な奴だ、元好きな人に、今の恋人の話をするのかと、イラッとした。
「やっぱりちゃんと話さないと……」
櫂斗はそう呟く。
それから三時間後、櫂斗は肇から連絡をもらった。亮介は肇の自宅を訪れ、しばらくいさせてくれと頼んできたらしい。
『酔ってるからめんどくさい事になってる。早く迎えに来てくれ』
そう肇に言われて、櫂斗は電車で教えられた住所に向かった。やはり肇の自宅を訪れる事自体、櫂斗への嫌がらせにしか思えず、性悪だな、と舌打ちをする。
「けど、無事で良かった」
涙がじわりと目に浮かぶ。それを零すまいと上を向いて耐えると、肇の自宅へと走った。
肇の自宅は駅近くの、立派なマンションだった。あまりこだわりが無さそうだった肇が、こんな良い家に住んでいるなんて意外だ。
インターホンを押すと、すぐに肇が出てくれる。相変わらず童顔で、中性的で可愛い彼は、櫂斗をすぐに中へと招き入れてくれた。
「あの、ごめんなさい……お世話になって……」
「いや、それより……お前飯食ってないだろ」
食っていけ、と言われダイニングに通される。そこもモデルルームかと思うほどのコーディネートで、失礼ながら肇には似合わないと思ってしまう。
部屋は全体を通してモノトーン調で、グリーンがアクセントに置いてあった。
部屋を見渡している事に気付いた肇は、テーブルに食事を運びながら言う。
「言っとくけど、オレの趣味じゃねぇよ」
同居人の趣味だ、とナポリタンをテーブルに置いた。なるほど、と納得しかけて、それはいつか聞いた、肇の彼氏の話では? と思う。
「あ、の……亮介は?」
「今は同居人……湊 が相手してる。酔っ払いの相手は慣れてるから」
とりあえず食べてから、と言われ、櫂斗は椅子に座ると手を合わせて食べ始める。ケチャップの味が沁みて、また涙が浮かんだ。
「本当はここに来た事は話すなって言われたけど、こっちだって同居人もいるし、早く出ていけって言ったら座ったまま動かなくて」
理由を聞いてもダンマリで埒が明かないから来てもらった、と肇は嬉しそうに話す。
「……何で笑ってるんだよ」
「や、愛されてんなって。仕事ですら落ち込む事あんまり無いだろアイツ」
それが恋人とケンカしただけでヤケ酒とか笑える、と肇はクスクス笑った。確かに、普段の亮介は割と一定のテンションを保っている。無茶な仕事を振られても、むしろ燃えてやってやると息巻いてた程なのに。
そう思ったらカーッと顔が熱くなった。そして、早く亮介に会いたくてナポリタンを一気に食べる。
「肇ー、お水お代わりちょうだい」
そこへ、別の部屋から長身の男がコップを持ってやってきた。黒髪を右分けにして自然にセットし、綺麗なアーモンド型の目は黒目がちで、鼻と唇の形も整っていて、そこら辺のアイドルより女子が騒ぎそうな、優男だ。
(肇の、同居人……)
櫂斗は湊のイケメンっぷりに、少し惚けてしまう。
「あ、はじめまして。肇の同居人です」
「ほ、ほ、堀内、櫂斗です、はじめまして……あの、亮介がご迷惑かけてすみません……っ」
ニッコリ笑って挨拶をされ、櫂斗は何故かドギマギして返した。
(ってか、肇の彼氏? まじイケメン……なにこれモデルかよ)
ごちそうさまでした、と手を合わせながらチラリと湊を見ると、シャツの上からでも分かるほど、筋肉が付いていていい体格をしている事に気付く。こんな時なのに、湊から目が離せなくなるなんて、と櫂斗は両手で顔を覆った。
(優しそうだし、顔よし身体よしで……)
「羨ましい……」
「何か言ったか?」
思わず思った事が口から出てしまい、櫂斗は慌てて何でもない、と言った。肇は湊からコップを受け取ると、水道水をそれに注ぐ。
「え、水道水だったの?」
「亮介にはこれで充分だろ」
そう言った肇は湊にコップを渡すと、冷蔵庫から二リットルのペットボトルに入った水を取り出し、開けてそのまま飲んでいた。
「はい、これ持って行ってあげて」
湊はテーブルにコップを置くと、ニッコリ微笑む。櫂斗はそれを受け取ると、案内されたリビングに向かった。
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